18話 秋の風
わたしはジョアンナ先生みたいに、今の所グレンさんで全部回っていないような気がするなぁ。
アプローチしよう! という気持ちもないし……だけどぼんやりと彼女にはなりたいって思ってて……。
う~ん……なんだか、情熱が足りない? 実はそこまで好きというわけじゃない、とか……?
――なんて思いながら首をひねっていたその時だった。
「レイチェル」
「!」
わたしを呼ぶ低い声。今ちょうど考えていた、その人。振り返る前から、ひとりでに胸が高鳴る。
「グレンさん……」
「今から砦に?」
「はい。グレンさんも? 今日は図書館だったんですよね」
「ああ」
砦に行く道で会うのは初めてだ。いつもこうやって出会えればいいのになぁ。
二人で砦への道を歩く――グレンさんは、わたしの少し先を歩いている。
「図書館閉めてる日って、ずっと本の整理してるんですか?」
「ああ」
「一日中、ですよね……本もだいぶ減ってそうだなぁ」
「そうだな。寄贈用の本は孤児院や教会、ギルドに運んで……来週はもうほとんど掃除だけになる」
「…………図書館、本当になくなっちゃうんですね」
「ああ」
「…………」
「残念だな」
「えっ」
「『えっ』って何だ」
「『ああ』以外の言葉が返ってきたので……あとグレンさんがそういうこと言うのがその、意外といいますか」
「おいひどいな。俺だってあそこは気に入ってるからな?」
「……す、すみません。気に入ってはいるけどそこは割り切って淡々と、ドライに仕事をしていると思ってました」
「仕事は仕事だからそりゃ淡々とするよ……俺はあそこでボーッとしてるのが好きだったんだがなー」
「ボーッと……何か考え事とかですか」
「いや、別に何も」
「何も??」
「何も考えてない。大抵食べ物のことを考えてる」
「食べ物~……。わたしグレンさん知らない時、ミステリアスだなぁとかって思ってたのに」
「また出た……フランツも言ってたけど、俺が黙ってるとそんなにミステリアスか?」
「意味ありげではありますね……」
グレンさんは笑いながらも少し眉間にしわをよせて、後頭部を掻く。
「誰も彼も俺の行動言動に、何か意味を持たそうとする。何もないのにな」
「キャンディローズ先生の本から、人生を変える教訓を得たりとか……」
「するわけないだろ?」
「それもそうですね……ふふ」
グレンさんがフッと鼻で笑い、わたしもつられて笑う。
……こういう時間が好きだ。
図書館なくなったら、こういう会話できなくなっちゃうのかな。
「……グレンさん」
「ん?」
「グレンさんは図書館が閉館したらどうなさるんですか?」
「そうだな……砦はまだ4ヶ月くらい借りてるから、それまではあそこを拠点にしてカイルの奴と組んであれこれすると思う」
「それから後は……?」
「まだ考えてないな。借りる期間伸ばしてもいいが、ずっとこのままでもいられないし」
「……」
(ずっとこのままで、いられない……)
「!」
――その時、風がざぁっと吹いた。
少し前を歩くグレンさんの黒髪が風に揺られて持ち上がる。
(だめ!)
わたしは反射的に、彼の手首を両手でつかんでいた。
グレンさんは驚いてわたしを振り向く。
「……レイチェル? どうした……」
「あ……」
――心臓がドキドキする。
彼を好きな気持ちだけじゃない。不安が押し寄せてたまらなかった。
「ごめんなさい……あの、グレンさんが飛ばされるような気がして」
「飛ばされるって俺が? 風でか?」
訳のわからない事を言い出すわたしにグレンさんは吹き出す。
わたしはまだつかんだ手を離さない。
「グレンさん……あの、図書館なくなって、砦を借りる期間過ぎたら……その後、その後グレンさんはどうするんですか」
「ん? ……さっきも言ったけど、まだ考えてな――」
「いなくなっちゃったりしませんよね? 急に消えたりなんて……しませんよね?」
「…………」
彼は何も言わない。その間も柔らかい風がふわりと吹く。
いつもなら『いい風ですねぇ』なんてテオ館長の真似している所だ。
だけど、今は不安を煽って仕方がない。風が彼をさらって二度と見えなくしてしまいそうとすら思ってしまう。
ジョアンナ先生の失恋話を聞いたからだろうか。彼の空っぽの部屋を見たからだろうか。
不安だ。不安だ。何か言って欲しい。
わたしを好きになってくれなくてもいい。ただ、どこにも行かないって明言して欲しい。
いつもの調子で、ちゃらんぽらんな感じの適当な言動で煙に巻いて欲しい。
「真面目な話してたのに」「してただろう?」って、そんなつまらない掛け合いを――。
「……それは、どうだろうな。分からない」
「え……」
期待に反して、不安は払拭されない。
目の奥が熱い。涙が出ていないだろうか。
「砦は先月契約更新したけど次期間満了したらまたどこか別の所に行くかもしれない。……そうしないかもしれないが、先のことは分からない」
「……そんな、の、……寂しいです」
『嫌です』と言うのをぐっとこらえて言葉を絞り出し、彼から手を離した。
グレンさんは手が離れたあと少し笑って、また歩き出した。わたしもそれに続く。
彼はやっぱり一歩前くらいを進んでいるけど、つかず離れず歩調を合わせてくれている。
「まあでも、いきなり消息絶ったりはしない……それやったら今度こそ先輩にぶっ飛ばされるし」
「カイルに? ……今度こそって、一度消えたことがあるってことですか?」
「……まあ、そうだ」
「……ど、どうして――」
「ディオールで騎士をやっていて」
「え……?」
「……ちょっと疲れて、消えたくなった」
――先を歩く彼の顔は見えない。それでいい。わたしの顔も、今は見られたくない。
ディオールはノルデンとロレーヌ、そして竜騎士団領の三国に囲まれた、剣と武勇の国。
竜騎士団領と同じく実力社会で、地位や人種関係なく誰でも騎士になれる。でも騎士になるには相当の努力と鍛錬が必要だと地理と歴史の授業で習った。
栄誉あるディオール騎士になって……でも彼は、消えたくなるくらい疲れてしまった。
――どうして。
「ど、して、あの、図書館の司書に」
違う。聞きたいのはこれじゃない。だけど聞けるわけがない。
「この辺に来て半年くらい経った頃、フラッと行ったギルドであの図書館の仕事を見つけた。それだけだ」
「…………」
「レイチェル」
「は、はい」
「俺の行動言動に、意味を見つけようとしなくていい。栄誉あるディオール騎士なんてよく言われてるが、俺個人は何の
グレンさんがこちらを振り返ると、また風がザッと吹き渡る。いつもなら心地よいはずの秋の風が、わたしと彼を分断する。
彼の灰色の瞳は何を映しているんだろう。わたしに目を向けているように見えて、実際はどこを見ているんだろう。
「な、なんですか、それ。急に……い、意味が、分かりません」
声が震えてしまう。
――他愛のない会話ができるのが好き。好きを共有できるのが好き。
わたしの彼に対する気持ちは、例えば雲の上でお昼寝しているみたいな、まだそんなふわふわしたものだと思う。
『行動言動に意味を見つけなくていい』『優しい気持ちを向ける必要はない』『時間の浪費』――それは、明確な拒絶だ。
気持ちがだだ漏れだったのかな。さっき腕をつかんだから?
グレンさんはきっとわたしの気持ちに気づいてしまった。
わたしが気持ちを確かなものにする前に、彼はそれを摘み取ろうとしている。
『君の気持ちには応えられない』『いつか君を同じ目線で見てくれる人に巡り会えることを祈ってる』
ジョアンナ先生が、担任の先生から言われたという言葉が頭の中を回る。
わたしもやっぱり彼には手が届かないのかな。
わたしはただ、『どこにも行かない』って、そう言ってほしかっただけなのに――。
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