2話 武闘派の副隊長

「あれ? ……おはようございま~す」

 

 金曜日に砦に行くと、グレンさんとカイルが食堂のテーブルで書類を広げて何か会議していた。

 カイルが『クライブ・ディクソン』と名乗って正体を隠していた時は隊長室にいたけど、今はもうこうやって出てきて二人で何か食べながら言い合っていることが多い。

 毎週金曜日は魔物退治に行っていたはずだけど、今日は休みなのかな?

 

「やあ、レイチェル。今日もかわいいね」

「あはは……グレンさんも、おはようございます」

「ああ……」


 さわやかに笑うカイルと、それに対してグレンさんは何やら渋い顔で書類に目を落としている。


「あの、どうかしたんですか?」

「いや、別に……」

「…………」

(なんだかご機嫌ななめ……?)

「いや……やっぱりこれ見てみてくれ」


 そう言ってグレンさんは手に持っている書類を2枚手渡してきた。

 

「依頼リスト……」


 確かグレンさんがギルドでとってきた依頼からタイムスケジュールを組んで、ジャミルがそれを清書してたって言ってた。

 ジャミルがいない今はグレンさんかカイルが取ってきた依頼を、グレンさんが清書してるらしい。

 リストのうち一枚は走り書きながらも丁寧な字で、行もビシッと揃った読みやすい依頼リスト。

 もう一枚は……。


「えっと……? ベ……レッド、キャップ? 退治……、ポ、ポ、ポイズン……ポイズンなんとかクモ? 退治……、んんん~~~?」


 ――ミミズがのたくったような字で乱雑に走り書きされた紙。

 斜めに縦に『とりあえず書ける所に書きました』感満載。

 ずらっと『~~退治』と書いてあるけど、モンスターの名前が読み取れない。

 ていうか『ポイズンなんとかクモ』ってほんとに書いてある……。

 

「……読めたか?」

「いえ。なんですかこれ……暗号文? これは一体……まさか」


 わたしは書類から顔を上げて、涼しい顔でイスにふんぞり返ってアイスコーヒーを飲んでいるカイルを見る。


「これ、カイルが……?」

「ハハッ そんな読めないかなー?」

「読めないよ……。雑すぎるし『ポイズンなんとかクモ』はひどいよ、何のクモなの?」

「……『ポイズンブラックニードル』。ロレーヌ北西部『ガドの森』に群生してて数が増えたから討伐依頼がきてる」

「ぜ、全然違う……よくそのクモって分かりましたね」

「ギルドに確認しに行ったからな」

「に、二度手間~……」

「いやあ、でも場所はちゃんと書いてあるだろ? ほら、ガドの森」


 カイルがリストに書いてある文字を指差す。


「書いてるけど……字、きったな」


 わたしがそう言うとグレンさんがプッと吹き出した。

 ――そういえば昔学校で先生に『もっと綺麗な字で書け』とか怒られてたっけ。

 そこはあまり変わってないんだ……。


「いやー、俺一人で冒険者ずっとやってて、自分が読めればいいやって感じだったからな。まあ次からは気をつけるよ」

「ダメだ。今から書き直せバカ」

(わお……)


 昔からの付き合いだからなのか、グレンさんはカイルに当たりがきついというか、つっけんどんというかなんというか……わたしや他のメンツへの態度とは大分違うなぁ。


「分かった、分かったよもう……」


 ブツブツ言いながらカイルは別の紙に依頼を書き直し始めた。

 やっぱり丁寧ではないが、一応読める字だ。

 

「……なんだか魔物退治ばっかりなんですね」


 カイルが新たに書き直している依頼を眺めていると、「退治」「討伐」の単語がずらり。今までは配達とか採集ばかりだったのに。

グレンさんを見ると少しうんざりした顔をしている。


「まあな……ジャミルが抜けたし、採算取るにはやっぱり魔物退治の方が効率がいいから」

「ジャミルが抜けたから魔物退治?」

「……兄貴は戦いが好きじゃないらしくて、魔物退治は取ってなかったんだって」

「え、そうだったんだ……グレンさん『ラクして稼ぎたい』なんて言うから……」

「いや、まあ……ラクして稼ぎたいのは稼ぎたいぞ。魔物退治はやっぱり面倒だし」

「……」

(むう……)

 

「とはいえ、俺とグレン……男二人で配達だのきのこ狩りだの薬草採取だけってのもね」

「全くだ、気持ちの悪い」

「気持ち悪いって何だよ。俺もごめんだよ、そんなちまちました業務。性に合わないし……それより身体を動かそうじゃないか」

「暑苦しい……」


 手で顔を扇いでレモネードを飲みながらグレンさんがイスにもたれかかる。


「あはは……そういえば『男二人』って? ルカは?」

「ルカは冒険者の登録を消したんだ。代わりにカイルが入って……名義上は俺が隊長でこいつが副隊長」

「はは、二人なのになあ」

「あらら、そうなんですか? じゃあルカはもう冒険には行かないんだ」

「割と遠方の強い魔物討伐とかも行くからね。彼女はなかなか優れた魔法使いみたいだけど、やっぱりかよわい女の子を危険な任務に連れ歩くのはちょっとね」

「牧歌的な環境でのんびり採集だのはもうしないからな。……討伐なんかよりここで花でも育てていた方が健全だろう」

「あ……そうですね! わたしもそう思います!」

 

 最近ルカはお花育てたりおいしいもの食べたり、綺麗な景色見たりして少しずつだけど笑顔も見せたりして変わってきていた。

 この前はベルとフランツと街にお買い物に行ってかわいい洋服や髪飾り買ってもらったりして、ちょっとおしゃれにも気を使うようになったりして……。

 ルカ――というか『光の塾』のいうところの『ヒト』っぽくなってきている。

 ルカ的にはモノづくりしたり育てたり、感情を持ったりして教義を破っているんだけど、戸惑いつつも今の方がいいみたい。

 魔物とはいえ、生き物を殺したりするよりお花育てて観察絵日記書いたりしてるほうがずっといいと思う。

 グレンさんもそう思ってるんだ。

 

「グレンさんは、ルカのことちゃんと見ててくれてるんですね!」

「「…………」」

(……あれ??)


 うれしくなって思わずテンション高く言葉を発したら、なぜか二人共シーンとなってしまった。

 やがてカイルがアイスコーヒーを飲みながら少し笑った。


「え? なになに? わたし何か変なこと言ったかな??」

「いやいや、別に」

「レイチェル……俺をいいように思いすぎじゃないか」

「えー でもジャミルのことだって配慮して、魔物退治の依頼取ってこないようにしてくれてたんでしょう? あの、なんだかんだで仲間思いだなって……」


 わたしがそう言うと、グレンさんは怪訝な顔で首をひねる。


「仲間思いって俺が? ……いや、それは良く言い過ぎだな」

「あ……」


 グレンさんはちょっと笑いながらレモネードを持って立ち上がると、そのままグビグビ飲み干す。そして厨房に行ってまた新たに継ぎ足した。


「――カイル。俺は部屋に戻るから、お前その依頼リストちゃんと読める字で書いとけよ」


 レモネードをちょっとすすりながらカイルをビシッと指差しそう言うと、グレンさんは食堂から立ち去ってしまう。


(……あれー?)

 

 

 ◇

 

 

「わたし何か気に入らないこと言ったかなぁ……」

「えー? 何が」


 カイルは乱雑な暗号文みたいな依頼リストをまだ書き写していた。


「なんか機嫌損ねちゃったのかなぁって」


 思ったことを言ったら、急にピュッといなくなっちゃった。


「やー、怒ったりとかはしてないよ。褒められるのがちょっとむず痒いだけであいつはあれが通常営業」

「そうなんだ……それならいいけど」

 

 ドライでいい加減でちょっとダメな大人なんて思ってたけど、ジャミルやルカのこと尊重してくれてたんだ、いい所見つけた! って嬉しくなっちゃったんだよね。

 単純に感じたことを言っただけなんだけど、むず痒くなっちゃうんだ……なんだか難しい。

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