戸惑いの貴族令嬢―ベルナデッタ(後)
週末、ラーメン夜会の日がやってきた。
レイチェルはいない。ルカもいない。フランツはいつものように寝ている。
今日は隊長とカイルさんと、それから……。
「……よう」
「はっ! ご、ごきげんよう……ホホホ」
――ジャミル君。
(ほ、ほんとに来たじゃない……!)
いえいえ……すっかり忘れてたけど、そもそもあたしが自分の気持ちに気付いてない時に「来てもいいのよ」とか偉そうに言ってたからね……。
あたしの気持ちを彼は知らなくてしかもお断りした立場なんだから、あたしから普通に接していかなきゃ。
「仕事終わり? お家は近いのかしら?」
「ああ。そんなすげえ近くもねえけど、コイツがいるから」
彼の肩の小鳥、ウィルがピチチと鳴く。
闇の紋章の眷属、呪われた剣から出た紫のモヤモヤが生まれ変わって彼の使い魔になった。モヤモヤの時、それと彼の瞳の色と同じ、紫色のスズメみたいな小鳥。
ウィルという名前だけど、みんなと同じにあたしもこの小鳥の名前を言うことはできない。不思議だわ……。
(いいなぁ……)
「…………」
――『いいな』? いいって何がだろう? ……あたしバカじゃないかな??
一瞬自分の中に浮かんだ思考を慌てて打ち消す。
「――その子がいると、遠くても大丈夫なの?」
「ああ。馬とか乗り物とか変身できんだよ」
「変身……へえ……」
「大体チャリとして使ってる」
「じ、実用的ね……」
使い魔ってそういうものだったかしら? 自転車て。
――なんだか既に有効に使ってるのね。
「…………」
(いいなぁ……)
あたし、また同じこと考えてる。駄目駄目、何考えてるんだか。
◇
――で。ラーメンが出来上がって席につこうとしてるんだけど……。
(ええええ~~)
イスが4つのカウンター席。
右から隊長、カイルさん、そしてジャミル君。その隣だけが空いている。
(あれ? あれ? さっき3人座ってる時は隊長の隣が空いてなかった? カイルさん、席詰めたの? なぜ??)
――カイルさん、あたしがジャミル君に告白されてしばらくしてから話す機会があった。
『兄がごめんね。めったなことしないように俺が止めるようにするよ』
とかなんとか言ってたのに、わざわざジャミル君とあたしが隣り合うように取り計らって……? いえ、まさかね。
ジャミル君の隣しか空いてない~~。どうしてよ~~。
「失礼します」
「おう」
極めて冷静なフリであたしは彼の隣に座る。冷静、冷静……。
隊長いわくバレバレらしいけど、今のあたしは冷静なハズよ。
――それにしてもこのカウンター席ちょっと狭くない?
あっちのテーブル席にすればよかったかなぁ。……でも彼がいる時だけテーブルっていうのも不自然だし……。
ううう、要するにジャミル君と距離近すぎない? ドキドキしちゃうんですけど。
「そういや今日はレイチェルいねえのか」
「ええ、あの……旅行ですって」
「ああ、そういや毎年夏休みに行ってたっけな」
「…………」
(知ってるんだ……)
カイルさんと話してる時も会話の端々にレイチェルの名前が出る。
――こうやって、ふっと会話の流れに自然に登場できるレイチェル。
彼女と昔なじみのジャミル君。彼女の家族のことも知っている。逆もしかり。
あの子はきっと、あたしの知らない彼も知ってるんだろうな。思い出もきっといっぱい。
いいなぁ、レイチェル。いいなぁ……。
人の苦労も立場も知らずにあたしは人を羨んでばかりいる。
(こんなの知られたら、きっと嫌われるわね……)
◇
「カイルさん! どうしてあたしとジャミル君を隣同士になるようにしたんです?」
ラーメン夜会終了後、あたしはカイルさんに問い詰めた。
ジャミル君はちょっとしゃべりながらラーメンを食べ、サッと家に帰った。……ほんとに立ち寄っただけみたい。
会ってみれば意外と話ができてホッとした。笑顔は見せるけど『好き』みたいな素振りは感じない。
彼に好きだって言われて断ってから3週間も経っていない。
でも彼の中では区切りがついちゃったのかしら。あたしだけがこうやってドキドキしてるのかな……って、それはともかく。
そもそもドキドキしすぎたのは隣にいたからなのよ!!
カイルさんが詰めなければあたしは隊長とカイルさんの真ん中の席で、ジャミル君の隣にはならなくて、こんなドキドキドキドキしないで済んだのに!
「ごめんね。嫌だった?」
カイルさんはラーメンどんぶりを洗いながら困ったようにニコッと笑った。
「い……」
――嫌では、ないですが!! もう!!
「こ、この前は『止めるようにする』と言ってらしたのに、やってることがチグハグではありません?」
「……年上ではあるけど、やっぱり俺は彼の弟だからな」
「?」
「――兄に目線で『そこを退け』と言われたら俺は退くしかないんだよね」
「!!」
カイルさんが席を詰めたのはジャミル君の命令だった……!
「それに……君けっこう好意がだだ漏れだよね? 兄貴は鈍感みたいだからあれだけど」
「なっ! なっなな、何を……!」
冷静にできてなかった……? そんなウソでしょ。あたしはクールに振る舞っていたハズ。
カイルさんは笑いながら言葉を続ける。
「……君の家はこう、不敬で無礼討ちにしたりとかしないよね」
「し、しませんよ……いつの時代ですか」
「俺は兄貴を見守ることにしたんだ」
「見守る……?」
「俺達、先週やっと実家に帰ったんだけどね」
「え?? そ、そうなんですの。あの……ご両親とはお話できたんです?」
何故唐突にこの話が始まるのか分からないけれど、以前カイルさんが『自分を分かってもらえないのが怖い』と言っていたのは記憶に新しい。どうなったのかはやはり気になる……。
「うん、それは大丈夫。……まあ俺の話は置いといて。兄貴が闇の剣に取り憑かれてたって話を聞いたら両親が泣いちゃってね。――俺が消えてから兄貴は本当に色々抱え込んじゃってさ……」
「そうなんですの……」
「自分のせいで俺がいなくなったからって、俺がいない分勉強頑張ったり、父との剣の手合わせに付き合ったりして……とにかく親に反抗なんかしないで品行方正にやってきたみたい。それから……兄貴は本当に優秀だったんだけど、両親は『褒めるとカイルが拗ねるかも』なんて思っちゃって、手放しで褒めることがあまりなかったんだって」
「……」
「兄貴ってけっこうおしゃべりだったんだけど、家では会話もほとんどなくなって……そんな空間にいるのが苦痛になってあまり帰ってなかったらしいんだ」
――なんだかそれはすごく窮屈で悲しい。そんな素振り見せなかったけど、本当に色々抱えてたんだ。
闇堕ちしかかったのは、弟さんへの罪悪感だけじゃなさそう……。
「だから『お前が闇の剣に取り憑かれるくらいに自分たちが追い詰めたんだ、済まない』ってさ……」
「……」
カイルさんが以前叫んだ彼自身の境遇も辛いけれど、ジャミル君のそれもとても辛い。
――泣きそうになってしまう。
「俺はそれ聞いて、自分だけが不幸なんて思ってたんだなって恥ずかしくなっちゃって……だから兄貴にはこれからは自由にしてほしいんだよ。俺の方が年上だし、見守ろうと思うんだよ」
「カイルさん……」
◇
「はぁ……あたし……何をどうしたいのかな……」
部屋に戻ってぼんやり考え事。お気楽極楽でいきたいのに。
カイルさんから彼の話を聞いて、あたしの心はますます彼に傾いてしまう。
色々なしがらみや重圧から解放されて、彼は今自由だ。いいなぁ。
――いいはずないじゃない。彼はずっと苦しんできたのに。
――レイチェルはいいな。幼なじみだから彼のこといっぱい知ってて、思い出話とかできるんだもの。
――小鳥のウィルはいいな。
生まれ変わったとはいえ彼をたくさん苦しめたのに、彼の肩に止まってかわいがってもらえる。
ずっと彼のそばにいて……彼のためだけに、彼の望むことだけしていられるんだもの。
――そこに至るまでの過程、知っているくせに。
あたしはいつも優柔不断で、いつも何かを羨んでいる。
相手の状況も立場も考えず、ないものねだりばかりしちゃうの。
彼のことが好き。彼もあたしを好きだと言ってくれる。
でもあたしには婚約者がいる。婚約破棄なんてできるはずない。その勇気がない。
――あたしも鳥になって、彼の元に飛んでいってしまいたい。
何も考えずに、ただ彼のそばに――。
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