2話 妙な三人組

 

 閉店した店に全員で入って、マスターと話し合いのテーブルにつく。

 しばらくすると、ミランダ教の司祭もやってきた。

 

 司祭曰く、オレはこれから毎週末教会に通って回復魔法をかけてもらい、聖水をもらわなければいけない。

 そうしなければこの剣の出す負のオーラとやらに飲み込まれて、ますます暴力的になってしまうとか。

 聖水やら魔法やらはあくまで進行を食い止める手段で呪いを解くには至らない。

 じゃあ解くにはどうするんだと聞けば『闇に覆われぬよう火を灯しなさい。心に光を持つのです』とか、神話に出てくる女神様のセリフそのまんま返された。

 

 意味分かんねえ。いや分かるけど。

 うちの家族はミランダ教だし、その一節はオレも知ってる。だけどそんな熱心でもない。

 そういう観念的なのはいいんだよ解呪しろっつってんだろ。いや言ってないけど。

 

 ……ていうかその話、なんでこのノルデン人の男も一緒に聞いてんだ。

 オレはコイツに襲いかかったばかりかメタメタに返り討ちにされてめっちゃ気まずいんだよ。

 さっき地べたに正座して謝った時は『土下座は好かない』って眉間にシワを寄せて言われちまったし。

 ――実際土下座まではしてないんだけど……そりゃまあ不愉快か。パフォーマンス的に見られたのかもな。

 いやいや、とにかくなんでいるんだ帰ってもらってくれよ。

 

 そんな事を考えてたら、あろうことかマスターは男に「どうかこいつの呪いを解くのに協力してやってくれないか」と頼んだ。

「あんたに頼みがある」って言ったのはこれのことだった。 

 

 当たり前だが男は最初難色を示していた。

 オレだって同じだ。何がどうなってそうなるんだよ。

 しかしマスターがギルドから受け取った何かの書類を渡されると男の表情が変わった。

 ――後に分かったことだが、その紙には『魔剣の持ち主を監察、報告せよ』と指令が書いてあったそうだ。

 そして、オレの剣がしきりにその男――「火の紋章の男」に語りかけてきていたと。

 オレを乗っ取った暁には奪って殺してなんやかんやしてやるとかなんとか言ってたらしい。ムカつくな。

 何か思う所があるのか男は最終的に同意した。

 

 そんなわけで、オレは不本意ながらもこのおかしな2人組と行動を共にすることになった。

 男の名前はグレン・マクロード、小さい女はルカという名前だった。

 ルカのファミリーネームは分からない。ただ「ルカ」らしい。グレンを「お兄ちゃま」と呼んでいる。

 そういう呼び方をする兄妹もなくはないか、とは考えたが正直気持ち悪いと思った。

 が、どう見ても本当の兄妹じゃない。

 ルカはノルデン人じゃなさそうだったし、何よりグレンの方が「本当にやめろ」と何度も言っていた。

 聞けばこの2人もその日出会ったばかりだったらしい。街を歩いていたら急にグレンの腕にルカが「お兄ちゃま」と呼びかけ巻き付いてきた、と。

 

 グレンは気味悪がって逃げようとしたが、「お兄ちゃまお兄ちゃま」と呼びながら瞬間移動でどこまでも着いてくる。

 いい加減にしろと言おうとしたその時にルカの腹がすごい音で鳴った。

 それで途方に暮れながらもオレの働く店にやってきたとか。

 

 で、「好きなものを注文しろ」とメニューを渡すも「自分はこれしか食べない」とあの紫のだんごを出してきたらしい。

 アレはほんとにクソまずい。グレンも少し食べてあまりにクソまずかったもんだから、なんでもいいからうまいものを食えと適当な物を注文した。

 そしたらうますぎて食うのが止まらず、規格外に食ってしまったと。

 グレンもまさかそんなに食うと思っていないから手持ちが足りなかった。そりゃ当たり前だろう。

 見知らぬ女と店に入ったら20万も食われて食い逃げ扱い、からの強襲……気の毒だ。襲ったのオレだけど……。

 

 

 ◇


 

 オレもグレンも冒険者じゃなかった。

 オレは酒場の近くに一人暮らし、グレンの方はたまに配達をしていることがあるくらいで、やっぱりどっかで一人暮らししている。

 成り行きで行動を共にすることになっただけなのに、ずっと一緒にいるのもなんだかなぁって話になった。

 

「集合場所はギルドでいいとして、連絡はどうやって取り合う?」

 

 ――そんな話をしていた。その間もルカはグレンの隣に黙って座っている。

 いやいや、ていうかそもそもコイツはなんでずっとついてきてるんだ? コイツ何なの? と思うが、グレンだって分からない。

 このままだとコイツもついてくるんだろうが……。

 

 このルカという小柄の女、年は14~15歳くらいで顔はかなりかわいい部類に入る顔をしてるが、なんといっても表情が全くない。

 目は大きいが瞬きが少なく、焦点がどこにあるのか分からない。

 その目をギョロリとさせて口は真一文字に結んで、置物のようにずっとグレンのそばにいる。

 

「光の塾」という宗教の信徒らしいが、その他どこから来たのか、家族はいるのか聞いても全く要領を得ない。

 宗教の教義やら魔法の知識やらはかなりあるが、本人の記憶や思い出のようなものがない風だった。

 ほとんど何も喋らないくせに、宗教の教義は呪文のようにスラスラと唱える。その姿は異様で、不気味だった。

 聞いたこともない宗教だが、たぶんロクなもんじゃないだろう。洗脳でも受けているんだろうか。

 グレンもオレもドン引きしながら教義を唱える姿を見ていた。

 

 時折「お兄ちゃま」とやらの思い出も語るが、グレンには全く覚えがない。

「誰と間違っているんだ」と聞いても「お兄ちゃまはお兄ちゃまだから」とかトンチンカンな答が返ってくる。

 その「お兄ちゃま」が実在するのかも分からない。

 ――そういや、最近その思い出話はとんと聞かなくなってたな?


 グレンはオレと話しているときは全く冷静な対応だが、この女に対してはワケが分からなすぎてイライラが隠せないようだった。

 

 ところで、ルカには寝泊まりする家がなかった。

 このままだとグレンの家に寝泊まりすることになるんだろう。

「お兄ちゃまはいつもベッドの中でよしよししてくれた」とか言い出す。

 それはグレンのことじゃないんだが、どうしても「うわぁ」という目でグレンを見てしまう。

 

「……宿屋を取ってやるから絶対に1人で寝ろ」

「……けど、毎日取るわけにもいかなくね? そりゃ期間指定して泊まることはできるっちゃ出来るけどよ。アパート借りるとかは?」

「なぜ、俺が今日会ったばかりの女の子のためにアパートを……?」

「まあそりゃそうだ……じゃあ、思い切って砦借りたりとかは? それで行動拠点にしちまうってのは」

「行動拠点はいいが、砦? ……広すぎないか」

「10人規模くらいのやつならそこまで広くねえんじゃねえか? ちっと費用がかさむか」

「まあ……金なら心配いらないが、10人かそこらの砦って一体何を守るんだ?」

 ――グレンはきっと軍が使うようなでっかい砦を想像してるんだろう。

「知らねーけどよ。"砦"っつっても、うるせえ冒険者と一般客がかち合わねーように建てたほとんど宿みてーなもんだって聞いたぞ」

「まあ、調べてみるのもいいか……」

 

 その日はとりあえず解散して、次の日また方針を固めることにした。

 ちなみにルカは、グレンが宿屋のめっちゃいい部屋をとってそこに泊まらせることにしたらしい。

「いいか俺の部屋に来るなよ、絶対だぞ」と20回くらい言い含めていた。

 それ絶対来るやつじゃん……と思いながら、オレは家に帰った。

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