14話 君の名前

「失礼します。飲み物お持ちしました」

「ああ、ありがとう」

 

 翌日、わたしはグレンさんに会いに来たクライブさんに飲み物を出す。

 

「……なんだかすごいね、これ」


 いつもはコーヒーを出しているのに、違った様相の飲み物が出てきてクライブさんが少し驚く。


「はい。うちのシェフが作ったんです」

「シェフ? そんなすごいもの、なんだか悪いな。水で全然いいんだけどな……」


 そう言いながら、クライブさんはその飲み物を口にする。


(…………)

 

「ど、どうですか?」

「…………」


 その飲み物はジャミルが作った「エクストリームココア」だ――彼が改良を重ねる前、兄弟二人で開発していた頃の。


「……うん、おいしいよ。でも、次からは気を使ってくれなくていいからね」


 そう言ってクライブさんはまた、いつものようににこっとさわやかに笑う。


「はい……失礼します」

 

 

 ◇ 


 

「はぁ……」


 食堂に戻って、わたしはため息をつく。


「あっ、レイチェル。どうだった?」

「うん……特に大きなリアクションはなかったよ。懐かしの味なら何か反応があると思ったんだけどな……」


 目を見開いて少し無言にはなったけれど、大きな反応とはいえない。単においしくてそうなったのかもだし。


 もうわたし達は彼がカイルと決めつけてしまって、あれこれ作戦を練ってしまっていた。

 ベルを巻き込んでしまったけど、冷静な第三者がいるとわたし達も言い合いにならないのでありがたい。


「だから、眠らせればいいんだって。エクストリームココアなら眠り草の匂いとか味もかき消えるぜ」

「ダメだってばもー! ジャミル、妖しいオーラが出てるよ!」

「うるせー、出るわそら」


 ジャミルの所に知らない間に例の黒い剣が飛んできて、彼とともに紫のオーラが立ち昇っている。


「なんか、そっちはそっちでヤバそうね。ちょっと魔法かける? 気が落ち着くわよ」

「ああ……頼もうかな」

 

 ベルの回復魔法は傷の他にも毒や麻痺の治癒、それからジャミルみたいな呪いの武器を手にした人の不安定な精神を和らげるものもあるらしく、定期的にかけてもらっているそうだ。

 ベル曰くあくまで一時的なもので、武器そのものの呪いは解けないらしいけど……。

 最近のジャミルはカイルに似たフランツの登場に加え、カイルがいなくなって5年を迎えて、精神が落ち着かないみたい。


 ブチ切れて暴れそうになったらグレンさんと手合わせして、気分を晴らしたりしているそうだ。グレンさんは強いから安心して本気で剣を振るえるとか。

 ……わたしは見たことないんだけど、フランツが『ジャミルもグレンのアニキも、すげぇ強いんだよ!』って興奮しながら教えてくれた。


(これでもし、あの人がカイル本人だって分かったらどうなるのかな?)


 生きていたと分かって、気持ちがスッキリするんだろうか。

 昏い気持ちに取り憑くという剣なら、それで呪いは浄化するのかな?

 ――でもカイルが生きていたからって、5年彼を苛んできた罪の意識、後悔の気持ちは簡単には消えない。

 そして、あの人がカイルじゃなかったら?

 ジャミルは余計な期待をしたのを裏切られて、イライラと無念だけを抱えてしまう。そうすると……どうなる?


(わたし、早まったかなぁ……)

 

 

 ◇

 

 

「わぁ……また雨降ってきてる」


 食堂で作戦会議ともいえない会議をしたあと、わたし達は自室に戻るため2階へ登る階段まで歩いてきていた。


「……うわ、窓開いてたのか。踊り場濡れてんじゃねーか」


 ジャミルが階段を駆け上がって踊り場の窓を閉める。


「ホントだー、ちょっと拭いといた方がいいかな?」


 窓から振り込んだ雨で踊り場の床が濡れてしまっている。このままだと滑って危ない……ていうか、わたしが危ない。絶対コケる。

 

 すると今日もまたいいタイミングで隊長室の扉が開いてグレンさんとクライブさんが出てきて、階段を登ってくる。 


「あ、クライブさん帰られるんですね」

「うん。雨だと飛竜が飛ぶ気なくしちゃうから、小雨のうちにね。……あのココアおいしかったよ。シェフに、よろしく」

「……」


『シェフ』のジャミルは顔をそらして、そのまま階段を登っていく。

 ……なんだか気まずい。彼がカイルと決まったわけじゃないのに。


「ベル、やっぱりわたしここ拭いとくよ……ひゃっ!?」


 掃除道具を取りに行こうときびすを返したわたしは案の定、濡れた床で見事に滑ってしまう。

 あわや転ぶかと思った次の瞬間、クライブさんが支えてくれた。


「大丈夫?」

「わわ、すいません、また……」

「怪我はない?」

「あ、はい。お陰様で――」

「よかった。……気をつけてね、レイチェル」


 クライブさんはにこっと優しく笑う。


「あ…………」


 ――いつか、似たようなことがあった。

 わたしはバランスを崩して倒れかかり、それをカイルが支えようとしてくれた。

 だけど小柄な彼では支えきれずに、結局共倒れになってしまうの。

 

『もー、カイル! わたしが重いみたいじゃないー!』

『あはは、ゴメンゴメン、でもおれがいなかったらケガしてたかもだぜ~』


 プンスカ怒るわたしの下敷きになって、それでもへへっと笑って照れくさそうに鼻をこする。二人共立ち上がると、


『気ぃつけろよな、レイチェル!』


 そう言って彼は、歯を見せてニカッと笑った。

 

 

 ――どうして。

 わたしは床にへたり込む。


「ちょ、レイチェル、大丈夫?」


 ベルが心配そうにわたしを覗き込んだ。


「うん、大丈夫。大丈夫……」


 ……なぜか、涙がこぼれる。


「――どうした、大丈夫か?」


 グレンさんも階段を登ってきた。


「ごめんなさい、なんともないです……」


 涙を止めたいのに止まらない。


「倒れはしなかったけど……どこか痛いところがあるのかな?」


 頭上からクライブさんの声が聞こえる。ジャミルも階段を降りてきている。


「……大丈夫? 立てる?」

 

 クライブさんから、手が差し伸べられる。

 ……大きな手のひら。


「…………っ」

 

 ――違う。この人は大人で、あの子も一緒の時に会っている。

 カイルは生きていたらわたしと同じ18歳。

 ……だけど、あまりに共通点が多い。

 青髪に青眼。足に大怪我を負っている。兄弟どちらにも似ている容姿。兄弟だけで開発した同じ名前の飲み物を知っている。

 それに、名前を偽っていて……じゃあ、あなたの名前は本当は何なの?

 

『気ぃつけろよな、レイチェル!』

『気をつけてね、レイチェル』

 

 どうして同じような言い方をして、同じように笑うの。

 どうして、そんな姿をしているの。

 

 そんなはずがないと思うのに、もっと事実を確認しないといけないのに。

 ……もうわたしの中に留めておけなくて。

 気がついたらわたしは彼の手を取って立ち上がり、

 

「ありがとう…………カイル」

 

 ――そう、言葉を発してしまっていた。

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