11話 一つの推測

 荷造りをしたあと、わたしはルカの転移魔法で自宅まで送ってもらった。


「わぁ……ほんとに一瞬。うーん、さすが転移魔法。ありがと、ルカ! 助かった――」

「……」


 ルカはさっきのことを引きずってか未だに釈然としない表情で言葉を発さずにいる。

 

「だ、大丈夫? でもいきなり『変』っていうのはやっぱり失礼だと思うよ?」

「……」

「グレンさんにけっこう怒られたのかな?」

「怒られて……ない。ただ『今感じたことを全部言うな』って」

「感じたこと……??」


 具体的に何が『変』みたいなことかな……?

 でもクライブさんのどの辺が――「……あの人」

「……ん?」


 考えをさえぎるようにルカが口を開いた。


「あの人、名前を偽っている」

「え?」

「クライブ・ディクソンという名前じゃ、ない」

「へ? そうなの? え? え?」


 偽名?

 ――じゃあグレンさんはそのことを知ってて、それを『みんなの前で言うな』って言ってたんだ。

(『明るみに出す』ってそういうことかぁ……)

 ……って。

 

「あのー、それって……言っちゃダメって言われたことじゃ??」

「……お兄ちゃまは『本人に絶対言うな』って」

「えと……『本人に言うな』って……、それ、わたしにも言っちゃダメじゃない?」

「……そうなの?」

「そうだよぉ……」


 本人に言ってないからセーフって、そんなわけがない。グレンさんだって、絶対そんなつもりで言ってないはず。

 これ聞いちゃってわたし、どうすればいいのー!?

 グレンさんとルカは紋章持ち、ジャミルは呪われた剣持ってて、そしてクライブさんは偽名……って、わたし何か色々秘密を知りすぎじゃないかな!?

(クライブさんのことを知ったってことは、グレンさんには内緒にしとこう……)

 

 

「ところで、クライブさんが偽名って確かなの?」


 まるで確信を得ているかのような言い方だったので改めてそう聞くと、ルカはコクリとうなずく。


「……分かるの。お兄ちゃまも分かってるはず」

「そ……そうなの。それって、紋章の力なのかな?」

「そう。クライブという名前が、あの人のまとう『水』と合っていない」

「水……」


 彼女のよく言う『水』ってどういうものなのかな?? とにかく何か感覚的に分かってしまうみたいだ。


「……あのね、違う名前名乗るって、きっと何か事情があるんだと思うの。だからグレンさんも『明るみに出すな』って言ったんじゃないかな……」


 命を狙われてるとか、身分を隠しているとか、名前を隠す理由は色々。ひょっとしたら記憶を失くして……とかもあるかもしれない。


「わたしもね、あの人が偽名だったからって、言うものじゃないと思うな。だって、どんな名前名乗っていたってわたし達には関係ないわけだし……」

「……レイチェル」


 ルカが少し目を見開く。


「な、なに?」

「お兄ちゃまと、同じことを」

「そうなんだ……うん、わたしもそう思うよ。あんまりその、言わない方が」

「ん……分かった」


 やっぱりちょっと納得いかないといった感じだけど、分かってもらえた……かな?

 

 

 ◇ 



「ふう……ただいまー」


 ルカの破天荒な言動に慣れたつもりだったけど、久しぶりにどっと疲れが出てしまった……送ってもらっておいて、あれだけど。


「おかえり、レイチェルちゃん。あのね、昨日アルバム出しっぱなしだったわよ」

「わわ、ごめん。……ねえお母さん。アルバムといえばね、昔竜騎士の人と写真撮ったじゃない? 最近その人と偶然再会しちゃったの」

「え? あらあら、すごい偶然ねぇ。……そういえば撮ったわねぇ……ジャミルちゃんもカイルちゃんもかわいいわね~。ジャミルちゃん、かっこよくなっちゃって」


 お母さんが写真を手に、懐かしげにフフッと笑う。


「まあまあ、この騎士様……今見てみるとけっこう幼い感じねぇ。……あら……?」

「どうしたの?」

「ねえレイチェルちゃん。……この騎士様、なんだかジャミルちゃんに似てない?」

「ええ~~~?」

「似てるわよ。昨日ちょっと見ただけだけど、目元とかソックリよ」

「またまたぁ、お母さん……」


 お母さんの突拍子もない発言にわたしは半笑いで写真を手に取り見つめる。……と。


「ほんとだ……似てる」


 写真のクライブさんは笑顔。ジャミルはちょっと無愛想で笑顔が少ないけれど、このクライブさんと確かに似ていた。


「えー、どういうこと……親戚、とか?」

「んー、レッドフォードさん家の親戚までは知らないけど、ひょっとしたら……でもこれ、親戚ってレベルじゃないくらい似てるわ。実は上にもう一人いたのかしら?」

「兄弟……。……!!」


 わたしの中に、ある1つのありえない考えが思い浮かぶ。


「どうしたの?」

「お母さん……、カイルのブーツが片方見つかったって、それ左足だった?」

「ええ? 何? 急に。 どっちだったかしらねぇ、ちょっと憶えてないわ」

「そう……」

 

 

 ――何かしらの理由で偽名を使っている。

 左足に大怪我を負っている。

 わたしの名前を知っていた。

 ジャミルに似ていて、彼の飛竜がジャミルにすり寄った。

 それは、主人と同じ匂いがしたから……?

 

 

 ――つまり、クライブさんの正体は、カイルね!?

 

 …………。


「さすがに馬鹿だわ……」

「え? 何? 何が?」

「ううん、なんでもないの。アルバム、この写真と一緒にしまっとくね」

 


 ◇

 


 自室のベッドに寝そべって写真を見つめながら、わたしはさっきのおかしな考えを思い出しては時折枕に顔をうずめてバタバタしていた。

 

 ――『つまりクライブさんの正体はカイルね!?(ジャーン)』じゃないよホントにもう……。

 

 共通点は多いけど、同一人物なわけない。

 クライブさんはカイルと同じ青髪青眼だ。

 ……けどそんなのロレーヌ人のよくある身体的特徴。

 あとクライブさんはグレンさんと12年くらいの付き合いで、カイルがいなくなったのは5年前。

 年齢も違うし、そもそもカイルも一緒にクライブさんと会ってて、しかも一緒に写真に写ってるってば!

 

 ここ数日カイルのこと考えてて、どうにか生きてて欲しいって思いすぎておかしくなっちゃったんだきっと。こんなことジャミルに話したらすっごい怒られそう……。


「トホホ……」


 妄想がすぎる自分に呆れてしまう。

 結局わたしは『クライブさんとカイル同一人物説』が頭から離れずになかなか眠れなかった。

 これじゃ、クライブさんとグレンさんがどっちのダシ派か気になって眠れない方がマシだ……。

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