2.20分休憩
「はい、ここまで。解答用紙を回収するので、鉛筆を置いてそのままでいてください」
カタカタと筆記用具を置く音がする。マークシート式のテストなんていつぶりだろう。見直しをする時間が充分になかった。もっとやっておけばよかったと、昨日の自分が私を責めてくる。
「ふぅー……」
大きく溜め息を吐いて、心を落ち着かせる。責めてくるもう一人の自分がどうにも好きになれなくて、そこから逃げるために、楽な道を選んできたツケなんだ。
髪の毛を手で払う。手は空中を掻いただけだった。
そうだ、髪の毛を切ったんだっけ。
あの会社の派遣を切られて、それ自体はいつものことだったのにどうにも許せなくて、足掻いた結果はもっと惨めだった。
状況をどんどん悪くしただけ。しがみつくほどの未練もないくせに、もう一人の私が悔しいって言ったから。
変える努力をしたくない現実が嫌になって、簡単にチヤホヤしてくれるネットに入り浸って。ゆるゆる楽しくやっていたのに、同じ会社の人を見つけてしまって、勝手に現実とリンクしてしまって。
「タイミングよね」
若ければ、それだけでチヤホヤされた。可愛ければ、それだけでチヤホヤされた。天然なら、それだけでチヤホヤされた。仕事ができなくても、女というだけでチヤホヤされた。
そうして楽な方へ楽な方へと流れていった結果が、28歳の何もない私。現実がどれだけシビアかなんて、分かり切っていたのに目をそらしていた私に、まざまざと現実を突きつけてきた。
鈴木一郎。
こんなことで奮い立つなんて、ダサくて恥ずかしい。
「川相さん、テストどうだった?」
木村花がおずおずと声をかけてきた。たまたま席が隣同士で、なんとなく仲良くなった受講者だ。
「もっとやっておけばよかったって思ったよ」
「私も。全然できなくて、分かりそうなのに分からないところばっかりだった」
「努力が足りないって言われてるみたいで、なんだか苦しくなっちゃった」
なんでもないふりを装って、明るく本音をこぼした。
「そんなことないよ。川相さんは仕事もしてるし、そんな中でがんばってると思う」
「でも正社員じゃないし、若くもないから覚えるのしんどいしさ」
「今はそうじゃないかもしれないけど、これからのために、今、がんばってるんだもん。一緒にがんばろう?」
大人しそうで、自分の意見なんて持ってないような弱々しい見た目なのに、時々力強い言葉を発してくる。こういう子になれていたら、なんて思ったりもする。
「そうだね。ありがとう」
今まで見ないようにしてきた自分の至らなさにばかり目がいく。その劣等感に押しつぶされそうになるけれど、私はこれがスタートライン。
誰だって、最初からできる人ばかりじゃない。スタートがどん底であればあるほど、勝ち得た喜びや変わった嬉しさが、私を大きく成長させるはず。
「ねえ、次のテストのおさらい、一緒にしてくれない?」
「もちろん。私も分からないところは教えてね?」
前を向くため、支え合える人もいる。私は私の望む未来を、努力で手に入れる。
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