9.換金したらいくらになるの?

 いつものコンビニでATMの前に立っていた。いつもの通りレジの向こうにいる戸井田さんをそっと見ながら、残高を確認していた。


「ブーストしてもらったアイテムは換金できる」


 そう教えてもらったことを思い出して、換金してみたのだ。一体どのくらいになるのかよく分からないけれど、少しはデートの足しになるだろうと思って。


「……っ、え!?!?!?」


 思わず声を上げてしまった。


 雑誌を読んでいた何人かが、チラとこちらを横目で見ている。


「す、すみません…」


 小声で謝り、画面に視線を戻した。そこには先ほどと変わらぬ数字が並んでいる。


 80万円。


 その数字の大きさに、心底驚いた。こんなに金になるのか。


 あまりに生々しい現実だった。毎晩飛び交っていたアイテムは、ただのスタンプやステッカーではなかった。誰かがお財布から出したお金だったのだ。俺にくれた現金なのだ。


「すっげぇ」


 勝手に上がる口元を制御できない。1位とは、こんなに恩恵があるものなのか。


 これならもっとたくさんデートすることができるし、欲しかったものも、ちょっと高い日用品も買うことができる。


 せっかくだからと10万円を下ろしてみた。


 貯金や生活費をまるで考えずに、自由に使える現金がこんなにあるなんて。しかも、あくせく働いて稼いだものではなく、好き勝手楽しんだ結果で。


「すっげぇ…」


 たまらずに、また口の中で呟いた。小学生の時にもらったお年玉みたいにワクワクしている。何を買おうかと頭の中が忙しくなる。


「なー、お前今日バイト代入ったんだろ? ジュースおごってくれよ」


「嫌だよ。自分で買えよ」


 学生が俺の背中でジュースを選んでいる。


 振り返って、いつもよりいいビールでも買うかと眺めていたら、横からスーツの男が一番安いアルコールを手に去っていった。


「今日はご褒美にハーゲンダッツにしよ?」


「あんた、いつもそう言ってアイス買うからダイエットどころか、貯金も失敗するんじゃない」


 そう言って若い女の子たちがアイスを選んでいる。


 俺は新商品のスイーツを片っ端から自分のカゴに入れた。


「野菜も食べなきゃダメだよ」


「えー、今日ぐらい肉だけでもいいじゃん」


 弁当を選ぶカップルを尻目に、自分の好きなつまみや弁当を手に取った。栄養バランスなんか知ったことか。


 そうしていつもよりかなり重たいカゴを持って、レジへ並んだ。一体いくらになるのかが逆に楽しみになってきた。


「いらっしゃいませ!」


 そう言って清算していく戸井田さんを見ていた。暑くなってきたからか、今日は髪の毛を一つに結んでいる。前よりキリッとした印象を受けたが、キツイ感じではなくスポーティーな雰囲気だ。何か運動部系の部活などをやっていたのだろうか。


「10217円です」


 そう告げられて、我に返った。


 思ったよりいかなかったな、と思いながら1万円札を2枚、財布から取り出して差し出した。


「20000円からお預かりします」


 テキパキと素早くレジに打ち込んでいく戸井田さん。


「9783円のお返しです」


 おつりの小銭が邪魔だったので、受け取ってそのままレジ横の募金箱にじゃらじゃらと突っ込む。


「あ、ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げる戸井田さんが可愛かった。


 こんなの、はした金だ。でもこのはした金で、名前も知らない国の誰かが助かったりするなら、俺はとてもいいことをしているに違いない。


 優越感や万能感で笑いが込み上げてくる。必死で表情を押さえてコンビニをあとにした。

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