692.トマトット前編
平日の夜。
ちょうど夜ご飯の時間帯にレイアはヒールベリーの村に戻ってきた。
「ふぅ……」
最近のレイアはヒールベリーの村とザンザスを往復する生活を送っている。
「魔導トロッコのおかげですね……っと」
夜になると外出する村人はかなり少なくなる。
ドリアードとコカトリスもとっくに家に帰っている頃であった。
ご褒美の土風呂とふわもっこは明日にするしかない。とはいえ明日は存分に楽しめるだろう。
レイアはるんるん気分でナナと同居しているヒールベリーの自宅へ向かった。
「ただいまーです」
「おかえりー」
完全な夜のため、着ぐるみ姿ではないナナがレイアを出迎えた。
ちなみに家の玄関を開けた瞬間、むせるようなトマトの香りが漂ってきたが――レイアはすでに慣れっこである。
「タイミングいいね。今、ご飯作ってたんだ。トマト煮込みとサラダだけど」
「いいですね、私の分もありますか?」
「もちろんあるよー」
ナナは上機嫌に応えた。レイアがキッチンに向かい、すすっと料理の様子を見る。
寸胴の鍋には真っ赤なトマトの煮込み……どろどろになって濃縮されており、そこにたまねぎやベーコンが加えられていた。
まな板の上にはいくつものスパイスの瓶が置いてある。ナナはふんふんとスパイスをトマトの煮込みに投入していく。
ナナはこれでいて極めて器用なため、不思議と味は整い、深みが出てくる。
煮込みのほとんどがトマトであることに変わりはないが……。
そしてテーブルには、大きな皿にみずみずしいサラダが用意されていた。
レタス、茹でたほうれん草とパプリカ、中央にでーんと輪切りのトマト……。
とはいえ、これはほとんどいつも通りのナナの料理である。ヴァンパイアであるナナがトマトを減らすなどということは決してない。
「そう言えばザンザスに戻ったときに、行商人たちの間で噂になっていたのですが」
「ふむふむ。どんな噂?」
ナナが視線を鍋に向けたまま、煮込みをぐるぐるとかき混ぜている。
「トマトコーヒーなるもの、知っていますか?」
ぴたっ。
ナナの動きが止まった。
そのままナナがゆっくりと振り返る。瞳に期待をにじませながら。
「……いや? 知らないけど?」
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