545.氷獄の滝

「ふぅ……」


 夕方、ステラは冒険者ギルドの応接間で一息ついていた。


「申し訳ありません、お疲れのところ」

「突然申し訳ありませんのにゃ」

「いえいえ! 体は疲れていませんから!」


 応接間に来ていたのは、レイアとナールであった。

 この二人が名指しでステラを訪ねてくるのは珍しい気がする。


「それで、今日はどんなご用事で……」

「……魔導トロッコが稼働してからの話にはなるのですが」

「にゃー……」

「魔導トロッコが稼働してから……。そんなに遠い先ではないと思いますが」

「第4層についてです」


 レイアの言葉にステラが得心したように頷く。


「第4層ですか……」


 忘れもしない。

 第4層は水と氷のエリアである。


 貴重な素材が手に入るものの、この階層まで行くものは稀だ。


 現在のザンザスでは特別な許可を得た冒険者のみが挑戦を許されていた。


「そこで手に入る、特別な水が必要なのです」

「にゃー。でもこれはあちし達の……私的なことですのにゃ」


 どうやら今回はナールが発端らしい。


「ナールは村の大切な仲間ですよ? どうぞ、聞かせてください」


 ステラが促すとナールは説明を始めた。


「あちしの実家に、古い魔法具がありますのにゃ。薬の調合に使うものですにゃ」

「ほうほう……」

「あちしの父から連絡があったのですにゃ。その魔法具を譲りたい――とにゃ」


 その意味をステラはすぐに理解した。


「それは名誉なことではありませんか?」


 親から子へ、風習として古い武具や魔法具が受け継がれることはよくある。


「にゃ。ですにゃ、その魔法具は今はメンテナンス不良で動きませんのにゃ」

「あら……」

「ナールの家はずっと昔から商会として活動してきました。その魔法具も古いものでしょう」

「にゃ。記録では第4層の奥、そこで入手できる水が調整に必要とありますにゃ……」


 そこでステラはピンと来た。


「もしかして……! 氷獄の滝ですか?」

「その通りです! 覚えておられましたか?」

「さすがですにゃ……!!」

「報酬がめちゃくちゃ良かったアレですよね。めちゃくちゃ大変で、何回も辞めようと思いましたが」

「そうです! 当時の記録でも、そんな風に……!!」


 ステラの脳裏にゆっくり蘇ってくる。


 氷のエリアでもさらに厳しく、悪夢のような白銀の世界が。


 コカトリスのぬくもりを考えて、何日耐え抜いたことか……。


「……ちなみに今のザンザスの冒険者ではダメなんですか? ルートはある程度、確立したはずですが」

「残念ながら、ステラ様のルートは死にます」


 レイアがあっさり答える。


「本当に死人は出ていませんが、ステラ様のルートを踏破できるのは数十年に一人でした。これは確かな記録です。私も行ったことはありません」

「……ということなのですにゃ。もちろん、すぐの話ではありませんのにゃ」


 ……。


 ステラはやや考えて、応接間のコカトリスぬいぐるみに視線を向ける。


「多分、やれると思いますよ」

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