523.来襲

 ロウリュも開店後のある日。

 冒険者ギルドの前に見覚えのある人物がいた。


「よっ」


 気楽にふもっとハンドを上げたのは着ぐるみ姿のヴィクター兄さんである。

 何の前ふりもなく、冒険者ギルドの前にいた。


「ごほん……博士、なぜここに?」

「少し時間が空いたからな。本当は娘も連れてきたかったが、タイミングが合わなかった」


 娘……。ぴよ好きで、やや変人と聞いているが。


 それにしても本当に唐突だな。

 今日は大してスケジュールが埋まっていないので、問題なかったが。


「魔法で来たとはいえ、疲れたろう。まぁ、中に入ってくれ」

「すまん、本当にあまり時間がないんだ。コカトリスの様子を見に来ただけだから」

「……わ、わかった」


 そのまま冒険者ギルドの職員にひと声かけて、俺達はコカトリスのいるほうへと歩いていった。


「学会発表、論文、講義の準備……。学院は春休みだが、教員に暇なしだ」

「大変なんだな……」


 前世の記憶でも、教師は忙しいと聞いたことがある。


「今度の論文は海コカトリスの脚の形についてのものだ。学会でも話題になるだろうと確信している」

「そうか……」


 さっきから相槌しか打てない。

 改めて思ったが、ヴィクター兄さんは……変人だ。


「そうだ、ため池を作ったんだが見ていくか? もしかしたらコカトリスが泳いでいるかも」

「ナイスアイデアだ。先に寄ろう」


 即決である。


 晴れた日には、たいていコカトリスが泳いでいる。

 もちろんそんなに長時間ではないので、運次第ではあるが。


 二人して堤防に上がってみる。


「おっ、いた……!」


 ため池にはちょうど、コカトリスが浮かんでいた。


「ぴよー……」(すやー……)

「ぴよよー」(いい天気〜……)


 コカトリスが羽を繋ぎながら、仰向けに浮かんでいる。お腹丸出しのスタイルだな……。


「ふむふむ……」


 ヴィクター兄さんがやや身を乗り出してコカトリスの観察を始める。


 じりじり……。


 ヴィクター兄さんは、だんだん堤防の端へとにじり寄っていく。


「博士、それ以上は……」

「もうちょっと、まだ大丈夫だ」


 にじりにじり……。


 ヴィクター兄さんのぴよ脚が、半分くらい堤防からはみ出てる……!


「いやいや。脚が半分出てる」

「半分だ、まだ半分。お、見ろ。コカトリスがぐるぐると旋回し始めたぞ。あれは海コカトリスによく見られる習性だ。太陽の当たり具合を微調整していると言われている」

「いやいやいや。体がぐらついてるんだが!」

「エルト、この村の環境は良いみたいだな。遠目でも、ふっくらしてきているのがわかる。リラックスもしているな」


 ヴィクター兄さんはそのまま、ため池にジャンプしそうだった。


 俺は必死に止める。

 いや、着ぐるみだから大丈夫なんだろうが……。


「ぴよ! ……なにしてるぴよ?」

「わふー。おひさなんだぞ」


 子犬姿のマルコシアスとその上に乗っているディアが通りがかった。


「ぴよ! 危ないから、この池で泳いでいいのは仲間だけぴよよ」


 ディアがぴよっと言うと、ヴィクター兄さんがすっと堤防の上に脚を戻した。


「むっ、そうか。コカトリス専用か」

「そうぴよよ。いい子ぴよね!」

「うむ、俺はいい博士だ」


 ……ディアにはものすごく素直なんだな、兄さん。


 うん、このまま帰るまでディアとマルコシアスにも一緒にいてもらおうか。

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