422.港の屋台
通りには人がまだまだ多い。
というより、だいぶ混んでいる。
屋台もレストランもずらーっと並んでいるし。
「結構、人が多いな……」
「そうですね。でも船団も船乗りがいっぱいでしたし……集まっているのかもしれませんね」
「むっ、そうか。他からも来てるんだもんな」
「ええ、ですから……」
ステラはより一層、俺にくっつく。
むぎゅうという感じだ。
「お忍びで行かないと……です!」
きりっと言ってから、ステラがふふっと笑う。
俺もそれにつられる。
「そうだな。バレないようにしないとな」
こそこそ街中を歩くなんて、いつ振りだろうか。
実家にいた頃は当然、俺を知らない人間はほとんどいなかった。たまの来客くらいだろう。
ヒールベリーの村でも、俺とステラを知らない住人はいない。通りがかりの商人も俺の身なりを見て、すぐに身分を察する。
そういうわけで、お忍びというものはなかったのだ。
「〜〜♪」
ステラはかなりご機嫌のようだ。
そのまま俺達は通りを歩いていく。
「あっ……」
「ん? 屋台で気になるのがあるのか?」
ステラが歩みを遅めた。俺も止まる。
そこには何か――焼き物の屋台があった。串に何かを刺して焼いているな。
その上に黒いソースがかけてある。
ヒールベリーの村では見たことない料理だ。
「焼きタコですね……」
「聞き慣れない料理だな……」
「いらっしゃーい。ウチの焼きタコは絶品だよー」
犬族の獣人が店主だ。少し間延びした声で話し掛けてくる。
「親父、焼きタコひとつ!」
「あーいよー」
船乗りが銅貨を渡し、串を受け取る。
そして船乗りは串にかじりつきながらその場からとっとと立ち去っていった。
「……タコを刺して、小麦粉をまぶしているのか」
「その通りですよー」
俺の知っているタコ焼きとはだいぶ違う。
確かにこれだと焼きタコだな。
「俺達にも焼きタコふたつ、貰えるかな」
「あいですよー」
俺が懐の財布から銅貨を取り出し、店主に渡す。
引き換えに串を2本受け取る。
「えっ、あっ……」
「食べたいんだろう?」
「……はい」
「なら、一緒に食べよう」
1本をステラに渡す。
「ゴミはその辺のゴミ箱に捨てておいてねー」
「ありがとう、良い夜を」
「ぐっないー」
貴族が買い食いは褒められたものではないかもだけど、今の俺は違う。
俺達は串を手に再び歩き始める。
「……ありがとうございます」
「いや、串焼きだから大したことは……」
はむっと焼きタコの一番上を食べる。
熱すぎず、適度な温度だ。
ふむ……やはりタコ焼きに近いか。ネギやマヨネーズがあったら、さらに近くなる。
「いえ、王国内陸の人達はタコはあまり食べないはずです。わたしの故郷ではポピュラーな食材ですけど……」
「そうなのか? いや、あまり馴染みがあるわけじゃないが……」
「でも嬉しいです。同じものを食べられてっ」
ステラはそう言うと、串焼きにぱくつき始める。
「んーっ、懐かしいですね。海の幸、久し振りです!」
「うん、美味しい」
もにゅっと食べながら、街通りを歩いて行く。
歩いても歩いても人は多い。
しかしあまり気にならないな。
「良かったな」
俺とステラの頭の位置はほとんど変わらない。
そのステラの頭にコツンと頭を寄せる。
「はい! あっ……」
「今度は焼きイカか。美味しそうだな」
俺達はそんな風に屋台巡りをしていく。
気が付けば俺達は街の外へと向かっていた。
海からの風が、強くなってきていた。
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