383.エルトの命を繋ぐもの
出発まで日はあまりない。
とはいえ、特別に用意するものはないからな。
みっちみちに物が詰まった大きなバッグを、ディアがペチペチする。
「絵の具と紙も持っていくぴよ!」
「ウゴウゴ、向こうで絵を描くの?」
「そうぴよ! 描いちゃうぴよよ!」
「芸術的なんだぞ!」
「アートにいくぴよよ〜!」
最近のディアは読むだけでなく、絵にも興味があるみたいだな。
お絵かきが好きなのは、創造性の芽生えとも言えそうだ。大切にしていきたい。
持っていく荷物をまとめたら――俺のほうが問題である。
着ぐるみ姿で泳がないといけないのだ。
俺はコカトリス着ぐるみを身につけて、道をぽよぽよと歩いていた。
……足音が不覚にもかわいい。
「大丈夫ですか、エルト様?」
「視界は狭いが大丈夫だ」
俺達は今、湖への道を歩いている。
「ぴよ。泳ぎの練習ぴよね……」
「まだ寒いかもだぞ」
ディアとマルコシアスはステラに抱えられている。
「ウゴ、でも寒さは感じないんだよね?」
「うむ……不思議と快適だな」
ぴよっと羽を広げる。
この着ぐるみの詳しい作り方は把握してないが、性能は素晴らしい。
じんわり暖かく、初夏のぬくもりがある。
水も遮断するのはお風呂で試したしな。
「ヴァンパイアの魔法具技術の結晶って話ですからね……!」
「各所に色々と仕込まれてるんだよな?」
ゲームの中でもヴァンパイアは魔力が高く強力な種族だ。
その代わり太陽光と水中でステータスダウンという枷があるのだが。
「ウゴ、種族全体が魔法を使えるの?」
「そこまでじゃないようだが……でも魔法具の扱いには習熟しているようだな」
「快適な着ぐるみライフなんだぞ」
「ぴよ! もっこもこぴよねー」
ディアが羽を伸ばして、俺の着ぐるみアームをふにふにと触る。
「エルト様の着ぐるみは触り心地も追求した逸品ですからね……。癒やされます」
ほわほわとした顔でステラが言う。
「……中の人にとっては、着ぐるみの外って関係なくないか……?」
ぼそっと呟いた俺に、マルコシアスがふふんと言う。
「中の人なんていないんだぞ!」
◇
そんなことを言い合いながら、俺達は湖に到着する。
湖ではブラウンと数人のニャフ族がいる。ボートに釣り道具を載せているところみたいだな。
ブラウンはヒゲをぴくぴく動かして俺に近寄ってくる。
どうやら着ぐるみの中身は説明するまでもなく察してくれたらしい。
「にゃーん。どうされましたのですにゃ?」
「……泳ぐんだ」
「にゃ……まだ水はそこそこ冷たいですにゃん」
「練習は必要ですからね……!」
「過酷ですにゃん……」
まぁ、テストする必要があるのは確かだ。
いきなりぶっつけ本番で海にダイブするわけにはいかない。
ステラが大樹の家からロープを取ってきて、その辺の木に結ぶ。
「ロープを結んでっと……次にエルト様へ……」
きゅっきゅっと着ぐるみの胴体にロープが巻き付けられる。
「ぴよ……」
思わずぴよ語で反応してしまう。
……なんだろう。
命綱のはずなのに、不安になってきた。
「父上、いざという時は目を光らせるんだぞ。SOS信号なんだぞ」
「そ、そうだな……」
そうじゃない気もするが。
魔力をちょっと流すと、この着ぐるみの目が光る。
ペかー。
絶妙に遮光板が入っているおかげで、俺は眩しくない。
「光ってますにゃん」
「なかなかの光り方ぴよ!」
「ちゃんとライトアイ機能も使えるようですね」
「緊急時にはこれを使うからな」
俺の命はこの光る眼に託された。
……うむ。
入念にテストしておこう。
ぺぺかー!
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