339.【シュガーの物語】コールサイン
十五年前のザンザス、とある冬――。
酒場ではミリーとシュガーがえんえん飲んでいた。
といっても、シュガーはまだ少年だ。ブドウジュースをすすっているのだが。
ミリーはハイペースでガンガン飲んでいた。
何時間一緒にいるだろう。もう外は夜になっていた。
「てゆうかさー、向かい合って飲むのもアレな気がしない? お見合い? 面接じゃないんだからさー!」
「……俺は飲んでないですよ」
「知ってる! アハハハ!」
笑い上戸のミリーは机をバンバン叩くと、席を立った。
「じゃあ、あたしが隣に行っちゃうもんねー! ほらー、飲め飲めー!」
どかっとミリーがシュガーの隣に座る。
それだけでシュガーの胸がどくんと高鳴った。
そしてミリーがブドウジュースの杯をぐいぐい押し付けてくる。
「これはジュースですよ?!」
「知ってるぅ! ジュースでもお腹がたぷたぷになるまで飲むんだー!」
「まったく! 飲み過ぎですって!」
「んなこと……あるかも! アハハハ!」
隣に座ったことで、さらにミリーはハイテンションになっていた。
「ところで仕事中毒のレイアが、まだ戻ってきてないね。いつもなら、奥でがさごそしてる頃なのに!」
「そう言えば……もう帰ってくるかも」
ミリーとレイアは同じ年齢、しかも女性ということで仲が良い。ライバル心もあるだろうけれど、それ以上に仕事のやり方が噛み合っていた。
レイアは剣の達人で、しかもその指揮能力はベテラン冒険者をも従わせるレベルだ。
魔物や魔法具の知識も群を抜いており、最近ではザンザス以外からも依頼が来ている。
ミリーは対照的にただひたすら、戦闘能力を追求していた。神聖魔法と恵まれた身体能力のゴリ押し、すでにAランク冒険者の域にあると噂されていた。
「最近、レイアはなんか構ってくれないんだよね。アレが忙しい、コレを進めたいとかさー」
「着ぐるみとか」
「そう! 本当に彼女の先祖はコカトリスなのかもね! アハハハ!」
そんな風にミリーが笑っていると、ギルドの入口からぬぬっとコカトリスの着ぐるみが現れた。
雪まみれで、しかも動きがぎこちない。
「……ただいま……」
ばたっとコカトリスの着ぐるみが倒れて、頭が転がっていく。
レイアの黒髪がばさぁっと床に広がった。
「レイア!?」
「どーしたの!? また過労!?」
「……違う。関節に、雪が……」
「なるほど……」
「なんだ……」
とはいえ放置するわけにもいかない。ミリーとシュガーはレイアへと駆け寄った。
雪が詰まって水浸しになった着ぐるみを脱がせると、レイアは息を吐いた。
「すまない、助かった」
着ぐるみの頭を持って雪を払いながら、ミリーが首を傾げる。
「てか、こんな雪の日にこんな時間までどこ行ってたのよ。案内役の仕事はとっくに終わりでしょ?」
「ブラックムーン商会のおやっさんと娘さんが来てたんだ。ポーションについてちょっと話してた」
「ニャフ族の? 北部を拠点にしてるんでしたよね?」
「よく覚えてるわねー、あたしはさっぱり記憶にないや!」
ミリーが快活に笑うと、着ぐるみの頭部をレイアへと手渡した。
「ありがとう。そう、ザンザスとも付き合いは深いのだが……やはりポーション不足は広範囲のようだ」
「じゃあ、そろそろなのね? 第三層以降の挑戦が絞られるって噂」
「パズルマッシュルー厶から毒をもらって強引に突破する方法は不許可だろうな」
「はぁ……そうなるとかなり変わりますね」
シュガーは天を仰いだ。
第四層と五層の素材は高く売れる。
それらの入手が難しくなるということで、冒険者ギルドの経営にも関わるだろう。
レイアは重々しく頷いた。
「上層部も危機感を持っている。素材に頼らない収益を強化する必要がある」
「あー、あたしはそういうの苦手だわ……」
ミリーが手先の細かい作業が好きでない、のはシュガーも知っていた。豪快に体を動かすのが大好きなのだ。
「さて……コレも改善点はまだまだ多い。頑張らないとな」
レイアはコカトリスの着ぐるみヘッドをカポッと再び着用した。そして他のパーツもいそいそと組み合わせて、フル着ぐるみ状態に戻っていく。
「…………」
シュガーもそれを聞かない程度には、レイアのことを知っている。聞くと長くなるのだ。
と、ギルドの入口からベテランの冒険者が飛び込んでくる。白髪混じりの冒険者だ。
「よかった、人がいた! ああ、いないかと思った……!」
その顔を見て、シュガー達に緊張が走る。
彼は特別な任務を背負っている冒険者なのだ。
「コードPだ!」
それだけで三人は駆け出す。詳細は後で良い、まずは現場に行かなくてはいけない。
コードP。
それはザンザスのダンジョンで緊急事態が起こったコールサインである。
P――つまり『ぴよ』。
コカトリスがザンザスのダンジョンから、市街地側に出現したのだ。
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