333.ビジョンの共有

 そうしてまた何日か経った。

 三月に入り、気候も暖かくなってきている。


 綿布団からもぞもぞと起き出す。


「むにゃ……おはようございます」

「――! ……おはよう」


 めっちゃびっくりした。

 俺より早く起きてるステラって……凄く珍しい。


 ステラが目をこする。


「んむぅ、やっと暖かくなってきましたね。ここは故郷よりも寒いので……」

「そ、そうか……」


 綿布団から起き出すと、ディアはマルコシアスのお腹をさすさすしていた。


「マルちゃんクッション……ぴよ」

「わふー……。主、ふかふかなんだぞ」


 マルちゃんはもう起きてるみたいだな。

 肉球でディアをもにもに撫でていた。


「今日はレイアと地下広場の話し合い……ですよね」


 目をぱちぱちさせながら、ステラが言う。


「そうだな。俺の領地からそろそろ地下通路が飛び出しそうだし……。さすがに協定が必要だからな」


 まぁ、悪いことにはならないだろうが。

 レイアはこの辺の協定や契約とかしっかりしているからな。

 コカトリスグッズに命をかけるための環境作りには妥協がないのだ……。


 ◇


 冒険者ギルドの執務室。


 レイアは午後一番に予定通り現れた。

 コカトリス帽子を被っているのはいつも通りだが……なんかちょっと違う。

 なんというか……材質が違うのだ。


 ステラも同席しているのだが、彼女も気が付いたようだ。


「新しい帽子ですか? ふかふか度が減っているような」


 あっ。


「ええ! よくぞお聞きくださいました! 春モデルなんです!」

「ほうほう……。暑くない、と?」

「その通りです! 通気性もバッチリです……! ちょっと値段がお高くなってしまうのがアレですが」


 レイアがいそいそとバッグからコカトリス帽子を取り出そうとする。

 つぶらな瞳のコカトリス帽子がバッグから顔をのぞかせたところで――。


「こほん。それでとりあえず、ザンザスは地下通路の件について異論ないわけだな?」

「はっ……!? そ、そうですね」


 レイアがすすっとコカトリス帽子をしまう。


「ザンザスとしても、こちら側から地下通路にアクセスする手段がありません。エルト様の後援を必要としています」

「ダンジョンの中から出入り口は見つかってないんだな……」

「これまでの傾向から、ザンザス近くの地下広場のパズルマッシュルームは強大化していると思われます。現状ではヒールベリーの村から探索していくのが、上策かと」


 こうして話しているときは、本当に知恵者というか……軍師みたいのがいるなら、彼女のような存在を言うんだろうな。


 ステラが緑茶をすすりながら、


「ザンザスの冒険者では、地上の出入り口は見つけられないのですか?」

「む、無理です……」

「……そうなると地上と地下の両面作戦がやはり最短か」


 俺の言葉にレイアが頷く。


「魔導トロッコについても、議会の賛同を得ました。ヒールベリーの村との往来強化が利益に繋がることは自明ですから」

「さすがレイアだな。話をまとめるのが早い」

「いえ、エルト様のおかげです! そもそもエルト様の供給して下さるポーション類がなければ、今の景気もありませんからね」


 そう思ってくれるのはありがたい限りだ。


「つきましては魔導トロッコについて、ザンザスからも出資させて頂きたく……」

「利権の一部と引き換えか」

「ご明察です」


 ザンザスは商人の司る交易都市、こうした話には本当に動きが早い。


「ありがたいが、魔導トロッコはこれまでの話とは桁違いに金も時間もかかるぞ」

「先日の試験走行からすると、そうですね……」


 ステラが遠い目をする。

 レールの先に待っていたステラの足元に、ディアが滑り込んだのを思い出したのだろう。


「しかし魔導トロッコは観光資源にもなります。ザンザスのダンジョンツアー、『見てるだけコカトリスツアー』も非常に好評です……! 魔導トロッコの将来性も期待ができます」

「まぁ、こちらとしては特に断る理由もないが……」


 俺がそう言うと、レイアがぐっと身を乗り出した。


「では魔導トロッコの名前を『ぴよぴよ鉄道』へ! ぜひ!」


 きらきら。


 レイアの瞳には、まだ見ぬ魔導トロッコの未来が映っているかのようだった。


 ぴよぴよ、コカトリスの頭がくっついたトロッコ。

 きっと乗務員はコカトリスの着ぐるみを着用しているに違いない。


 目頭をちょっと押さえる。


 俺もついに、レイアのビジョンを幻視できるところまで来てしまったか……。

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