317.暫定版

「よいしょっと……。こちらは準備オッケーだよ」


 回路破壊のドライバーを持ったナナが、ぐっとふもふもハンドを上げる。

 ホールドはそのちょっと後ろで座り込み、四角い黒の魔法具に触れていた。ドライバーの補助機械である。


「屏風が無事かはホールドにもかかってるからね」

「わかってる……。これは学院時代に散々やらされたからな」


 この機械はドライバーから発する魔力を調整して安定させるためのものだ。

 繊細な操作が必要になるため、おそらくこの大聖堂ではナナとホールド以上に扱える人間はいないだろう。

 ヴィクターも学科が違うから、扱い方は知っていても熟練はされていないはずだった。


「……しかし、懐かしいな。持ち歩いていたのか……」

「まぁね。僕の魔法があればいつでも使えるし」

「それは本当に便利だからな」


 屏風の裏から魔力を流して活性化し、ドライバーで回路を破壊する。

 言うのは簡単だが、本来なら専門のラボで数日から一週間はかかるだろう。


「こっちもオッケーだぞ!」


 久し振りの少女姿なマルコシアスが手を掲げる。

 その胸元にはディアがいた。


「ぴよ! きっとだいじょーぶぴよ!」


 そして、マルコシアスに抱えられたドラムを下げたディアがぴよぴよしていた。


「……行けます。集中力は十二分です!」


 相手がわからないときは、とりあえずデュランダルを構える。一片の隙もなく、闘志にみなぎっていた。


 それを確認したマルコシアスが、合図をする。


「わふ! じゃあ、いっせーの! レッツスタートだぞ!」


 ◇


 テケテケテケテン。


 ディアはスティックを見様見真似で動かす。

 うんうんとマルコシアスが頷く。


「いい感じだぞ」

「いいぴよ? いいのぴよ?」


 マルコシアスは指先でディアに触れる。


 ふも、ふも……。


 魔力を同調させ、ゆっくりと解き放っていく。


「ぴよよ!?」

「さすが我が主。すごい魔力なんだぞ」


 ナナも屏風に魔力を流し込み始める。

 屏風が裏側から光り、回路が浮かび上がってくる。


「さて……と」


 くるくるとドライバーを回して、屏風の裏から回路を破壊する。

 狙ったところからズレると最悪、発火する。もちろん絵は台無しになりかねない。


 テケテケテン、トトトトト、テン!


 ドラムを軽快に叩くディア。


 マルコシアスはすぅっと息を吸い込むと、歌い始めた。


「かっとばせー、はっはうえー!」

「……ぴよ!? うたいはじめたぴよ!?」

「そうだぞ! 歌は詠唱! 魂の内側から歌うんだぞ!」

「ぴよ……!! マ、マルちゃんがいうなら……ぴよ!」


 ステラは精神を集中させたまま、背後のドラムと歌を聞いていた。

 このモードに入ったら、ツッコむことはもうない。

 ステラは虎を待ち構えるのみ。


 ナナもホールドもそれどころではなかった。

 ツッコミたい気持ちは山ほどあったし、ズッコケそうだったが……もう手遅れである。

 そんな余力はもうない。


「かっとばせー、はっはうえー!」

「かっとばせー、かあーさまー!」

「神の化身がスイング振るう。空の果てまでボールを飛ばせ! かっとばせー、はっはうえー!」

「ながくなったぴよ!?」

「暫定版だぞ。いつか売り出すんだぞ」

「そうなのぴよ?!」


 ディアがぴよぴよしながらもドラムは叩いていく。

 そして魔力も――歌と混じり合い、事象の彼方から虎を呼び出そうとしていた。


「なんだか……さらに気合が入ってきました……!」


 ステラはひとりごちる。

 後ろで応援してくれているディアとマルコシアスが妙に嬉しい。


 野ボールと歌はこれほど相性が良かったのだろうか?

 これもマルコシアスの地獄トークの賜物だろうか。


 いずれにせよ、背後から魔力が波打っているのはわかる。久方ぶりのディアの全力の魔力だ。

 マルコシアスが手助けして、拡散し始めたのだ。


 ……その魔力が屏風に達すると、カタカタと屏風が揺れ始めた。


「大丈夫、予想内だ!」


 ナナの叫び声が上がる。


「はい――!」


 瞬間、ステラの前に虎が現れた。

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