307.虎の絵の話

 大聖堂。


 ステラ達はそれから何事もなく、大聖堂を見て回った。お昼になり夕方になって一日目が終わる。


 雪はちょっとばかり降っているようだ。

 場所が場所だけに芸術祭は夕方で終わる。夜に来る人はいないからだ。


 それに芸術祭は交流会も兼ねている。

 夜はそれらの交流や売買の時間でもある。


「よっせ……と」


 ステラは夜の社交会から出て、部屋に戻る道を歩いていた。夜はそこそこ更けている。


「ぴよよ……。おへやへもどるぴよ?」

「わふ……。わふ……」


 ステラに抱えられたディアとマルコシアスは眠そうである。


「ええ、お疲れ様ですー……!」


 実を言うと、ステラは途中で抜けてきたのだ。

 ヒールベリーの村だと、ここからお風呂で就寝である。あまり夜更しは良くないし、するつもりもなかった。


 村と同じようなライフサイクル。

 なので、抜けてきたのだ。


「……僕も疲れたから早く寝るよ」

「いいんですか?」


 ステラの隣をナナが歩いている。ぐーっと体を伸ばしながらナナは答えた。


「僕も冒険者枠だ。長々といなくても、まぁ大丈夫だろうし」

「まぁ、そうですね……」


 ステラがふにふにとディアを撫でる。


「ぴよ……。すや……しちゃだめぴよ」

「すやキャンセルだぞ」

「きゃんせるぴよ!」

「ね、寝てもいいんですよ?」

「おふろはいるまで、ねないぴよ……!」


 ディアの熱い決意。ステラはふと思った。

 そう言えばエルトも、お風呂に入らないと決して寝る態勢には入らなかった気がする。


「芸術祭も問題なく一日目は終わったし……ゆっくりするのも大切だよ」

「そうですね、まだ日程はありますし」


 実は展示物のいくつかは回転するのだと聞いた。


「売れたモノの代わりが出てくる、なんだぞ?」

「そういうことですね。なので展示品がすすっと変わっていたりするそうです」

「ぴよ。またみてまわるぴよ……」


 むにゃむにゃとディアが眠そうな声で答える。


「ええ、そうですね。細かく見れなかったところもありますし」

「……それなんだけど、ステラ。気になるモノがなかった?」

「気になるモノ、ですか?」


 ステラは首を傾げる。もちろん、ステラにとってもこの芸術祭の品物の多くは知らないものだ。

 知っているのはせいぜい、古い時代の日用品や着ぐるみくらいだろうか。


 しかしマルコシアスはピンと来たようだった。


「あの『半身の虎』だぞ?」

「とらさんのえぴよ?」

「そうだぞ。なんだか妙な気配はあったかもだぞ」

「……あの絵ですか、なるほど」


 確かに殺気があるとか、そんなことを言った気がする。


「でもあれは、出来栄えでそう思っただけかも……」


 竹林に半身を隠した、虎の絵。虎の眼光は鋭く、いまにも飛びかかって来そうな絵だった。

 東の国の技法で描かれた、古い絵だという。


「あの絵には魔力があるみたいだったけどね……」

「昔の絵なら、よくあるのでは……?」

「そうなのぴよ……?」

「絵の具に魔物素材を使っていたりしますからね。絵そのものに魔力が宿るんです」

「なるぴよ」


 窓の外では雪が降り続いている。ステラ達は自室の前へと到着した。

 ステラはポケットからごそごそと大きな鍵を取り出す。


「もし……何かあるなら、対処しないとですね」

「そうだね。そういうのは僕の役目だ」


 ふぁ……とナナがあくびをする。朝から色々とやり、彼女もお疲れのようだった。


「じゃあ、また明日。おやすみー」

「おやすみなさい……!」

「おやすみぴよー!」

「おやすみなんだぞ」


 ステラ達は部屋の鍵を開けて中に入る。

 ふにーとたれてるディアが、ステラに聞く。


「ぴよ……。でもなにかあるぴよ?」

「そうみたいなんだぞ」

「これは聞いた話なのですが……」


 ステラは古い記憶を引っ張り出す。東の国にいた時に聞いた話だ。


「実際に絵の中身が動いたという、そんな伝説の絵もあるのです……!」

「ぴよ!」


 そこでディアがぱちっと目を見開いた。


「じゃあ……きょうみてきた、きたのぴよのえもうごいちゃうぴよ……!?」


 ディアをふにふにと撫でながら、ステラがクールに答える。


「……いえ、それはないと思うのですが」

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