237.ホールドふたたび

 それからホールド兄さんが来る日まであっという間だった。

 ユニフォームやドラムを作ったり、他の出展物を見て回ったり……だな。


 花飾りも豪華で大きな物になっている。

 この前見た、テテトカが作った物と変わらない。

 ……ドラムもセットされてるし。


 ドールハウスも順調なようだ。

 見せてもらった試作品、凄かったな。


「……これ全部、作ったのか?」

「ええ、そうです……!」


 レイアが胸を張る。

 そうしたくなる気持ちもわかる。

 広さこそまだ大きくない、小さなテーブル程度。


 しかしちゃんと小振りなコカトリス人形が置かれている。

 大きさは十センチくらいか。

 ぬいぐるみよりかは、少し素材は硬めでドールハウス用の人形ぽい。


 大樹の家も二つほど置かれている。

 これも茶色の何かを成形して作った奴だな。窓や玄関もちゃんと作り込んでいる。


「……そして、これは……」


 まだひとつだけ、ちょこんと作ってあるのは……ドリアードの頭だな。

 赤色の花を載せたドリアードの首とこんもり持った土の模型……土風呂の再現か。


 にぱーと微笑んでいるドリアードの顔がシュールだ。


「この村には必要かな、と。許可はテテトカから取りましたので……。まだ一体しか出来ていませんが、揃えればこの村らしさも増すかと」

「土風呂か、これは……」


 一目でわかったのは、さすがの造形力だ。

 確かにこの村の名物だし、いずれラインナップに並ぶのは必然だろう。


「でもこの村を知らない人には、生首が置いてあるくらいにか見えないんじゃ……?」

「……はっ!?」


 電流が走ったような顔をするな。

 さてはそこまで考えてなかったな。


「まぁ、何らかの説明文があればいいかと思うが……せっかく作ったんだしな」

「そ、そうですね! さりげなく説明文が目に入るような物にします!」


 しかし品物としてはよくできてる。

 家に並べたらディアやマルコシアス、ウッドは喜びそうだな。


「エルト様のユニフォームも色鮮やかで素晴らしいです。このような布地にカラフルな刺繍、きっと強烈な印象を与えるでしょう」

「ああ、ありがとう」


 実は今、あのユニフォームを着てるのだ。

 少しずつ暑くなる昨今、出歩くのにかなり楽なのである。

 ……ちゃんと気軽な相手だけにはしているが。


 まぁ、それだけではない。

 布地の耐久性は時間をかけて見ないとわからないからな。

 布を厚めにするか薄くするのかでも違うし。


 ……そして、ホールド兄さんを迎える日がやってきた。


 ◇


 その日、豪勢な馬車に乗ってやってきたホールド兄さんを俺達は出迎えた。

 午前十時、ちょうど活動的になってくる時間帯だ。


「久し振りだ、エルト」

「久し振り、ホールド兄さん」


 どうやら従者を除いては家族を連れてこなかったらしい。


「まずは元気そうだな、安心した」


 こちらを気遣うように、ちょび髭に触りながら言う。

 ホールド兄さんの方は、ちょっと痩せたか?

 元気ではあるようだが。


「兄さんも元気そうだね。少し痩せたみたいだけど」

「芸術祭の準備に追われてな。夜中も気になるんだ。おかげでちょっと寝不足さ」


 ホールド兄さんが苦笑しながら答える。


「だがおかげで、ヴァンパイアやこの国だけでなくドワーフの貴族もそれなりに集まりそうだ。目の肥えたドワーフの好評を得られれば、さらに意義深いモノになるだろう」

「それは何よりだ。でも体調には気を付けて」

「ああ、本番が何よりも大切だからな」


 ホールド兄さんにとっても、この芸術祭はそれなりの賭けらしいからな。当然、相応の手間暇はかけるか。


「それで――出展物はある程度、出来上がったか?」

「もちろん。案内するよ」


 今、出展物は大樹の塔にまとめて置いている。

 というか、一番大きいのが花飾りだからな。しかも容易に動かせない。


 これに比べれば、ドールハウスやユニフォームは全然大変ではないし。


 そうして大樹の塔に案内すると、ちょうどテテトカ達が草だんごをもっちもっち食べている所だった。


 ……朝ごはんでもお昼ごはんの時間でもないが、仕方ない。

 ドリアードはお腹が空いたら、即草だんごだからな。


「すまん、テテトカ。ホールド兄さんが来た」

「もぐもぐもぐ……ごっくん」


 口の中にある草だんごを飲み込んでから、テテトカが近付いてくる。


「ようこそー」


 そう言うと、テテトカはまた草だんごを取り出してもぐもぐ食べ始める。

 さすがテテトカ。ホールド兄さんに対しても全くブレない。


 ちょび髭を生やしているとはいえ、ホールド兄さんもそれなりには怖い見た目なんだけどな。

 切れ長の瞳もそう、いかにも切れ者な雰囲気もあるし。


「ホールド兄さん、彼女達はこういうライフスタイルなんだ。気にしないでくれ」

「あ、ああ……わかった。ヴァンパイアで慣れているからな、常に食べている芸術家なら俺も知っている……」


 ちょっと遠い目をするホールド兄さん。

 日頃の苦労が垣間見える。


 大樹の塔をすすっと進み、保管場所へと歩いていく。

 ホールド兄さんが、ちらちらと植木鉢に入って寝ているドリアードを見ている。


 しかしとりあえず、スルーだ。

 本命を見せないとな。


「それで……これがこの村の出展物か」

「ああ、そうだよ。結構大きな物もあるんだけど……」


 そこには花飾りが四つとドールハウスの試作品、そして一番良くできたユニフォーム(昨日であがった奴)が飾ってある。


「ほう……こいつはなかなかのボリュームだな!」


 一目見て、ホールド兄さんは感嘆した。

 それまでの優雅な歩きっぷりから一転、飛び付くように出展物へと近寄る。


 もちろん触れはしないが、ものすごい間近でじろじろと見始めた。

 ……緊張するな。


 やはりこの世界の芸術としてポピュラーなのは、絵画や像、服や装飾品の類いだろう。

 しかしここにあるのは、それとはちょっと違う。


 どれも分かりやすい、ありふれた芸術というわけではない。

 ホールド兄さんの目にはどう映るだろうか。


 しばらく花飾りに見入っていたホールド兄さんが、こちらを向いた。見ると、口を開こうとしている。


 ごくり。


「もぐもぐ……」


 まだ、テテトカは草だんごを食べている。

 そしてちょび髭を触りながら、ホールド兄さんが目を細めた。


「素晴らしいな。予想以上だ!」

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