221.花開く

 そうして家の中にオードリーを招き、ほのぼのとしたお茶会になった。

 メインのお茶はホールド兄さんからのお土産だな。


 ステラとウッドも同席して、俺の家族は勢揃いだ。


 まずお茶会ではオードリーが透明な器に乾燥した花のような物を入れた。


 ……ふむ?

 花茶みたいな感じだな。


「このお茶――花茶は東方の名産品です。香り高く、父上も色々と取り扱っています」


 見た目にも綺麗だ。

 これはこの辺りでは見たことないな……。ここまで凝ったお茶はない。


「ぴよ。ドライフラワーぽいぴよね」

「ウゴ……透明の器に入ってるのはなんで?」

「……すんすん」


 初めて見るお茶に興味津々らしい。

 マルコシアスも微妙に身を乗り出して匂いをかいでいるな。


「ステラは東の国で飲んだんじゃないか?」

「ええ、エルフは結構好きですからね。折り重なった香りが楽しめて、とても良いのです。でも作るのにかなりの工程が必要で、そう簡単には飲めませんね……」


 やはりそうか。

 ステラくらいならいいとしても、庶民が気軽に飲めるものではないらしい。


 オードリーとそのメイドが透明な器に湯を注ぐ。

 じゅわっと花茶に湯が染み渡り、すぐに動きがある。

 ぶわっと枯れていた花に命が灯り、色鮮やかな花弁が姿を現した。


「ぴよ……! はなひらいたぴよ!」

「ウゴウゴ、こういう仕組み……」


 そして香りも一気に広がる。

 薔薇とハーブが混じったような複雑な香りだ。

 素晴らしい、これだけでひとつのショーと言えるな。


 カップに注がれた花茶は薄い緑色をしている。

 俺の知っている緑茶の色だ。


 口を付けると濃厚な緑茶の味とほんのりと清涼感を伴ったハーブの味。

 これは効くな……寝起きに飲んだら一発で目が覚めそうだ。


 ディアもカップを持って飲んでいる。


「ごくごく……おいしーぴよ!」


 ぷはーとディアが息を吐く。楽しんで飲んでいるようだな。


「ウゴウゴ、一息に飲み切ったら……」

「いいんです、ディアちゃんは育ち盛りですから」


 お、おう……。

 オードリーも九歳だったと思うけど、しっかりしてる。

 まぁ、この世界の貴族教育は厳しそうだからな……。


「わう。おいしーんだぞ」

「ええ、素晴らしいですね」

「ありがとうございます!」


 オードリーがにこにこと応じる。

 それから少しの間、お茶を飲みながらお菓子を食べあった。


 こちらも備蓄していたクッキーを出したり、果物を出したりだな。

 オードリーは特にパパイヤが好きなようだ。


「美味しいですね……。夏の果物がこんなに食べられるなんて!」

「いくらでも用意できるからな」


 俺が手をかざすとテーブルからにょきにょきと小さな苗が生まれ、パパイヤがすぐ出てくる。

 これが植物魔法の便利なところだ。


 そして一息ついた頃、玄関から音がする。

 ウッドが応対に出るとブラウンが姿を見せた。


「にゃーん。クラリッサ様の馬車が来ましたにゃん!」


 もう話は通してあるからな。今回は慌てていない。

 それにしてもかなりピッタリに来た。入念に打ち合わせをしていたか。


「クラリッサが……!」


 ぱぁっとオードリーの顔がさらに明るくなる。

 まるでひまわりみたいだ。姪の喜ぶ顔を見ると、俺も嬉しくなる。


 もちろん俺もクラリッサに会いたい。

 ステラとも縁が繋がったと言うし。


「よし、それじゃここに来てもらってくれ、ブラウン」

「はいですにゃん!」


 ブラウンが敬礼して去っていく。


「クラリッサが……私はこの前会いましたけれど、もう懐かしいですね」

「元気だったんですよね?」

「ええ、何事もありませんでしたし。健康のためにバットを渡してきたくらいですね」

「いっぱい置いてきたんだぞ」

「そうか……」


 ごくり。

 前にステラから聞いているが、本当に向こうの王家にバットを置いてきたんだな。


 まぁ、ステラの置土産なら悪いようには扱われていないだろうが。

 逆に神聖視されていると、それはそれでエライことのよーな気もする。


 しかし考え過ぎるのはやめよう。

 俺はバットを生み出しただけ。


 それがこの世界でどうなるかまで、責任は負えないのだ。

 そう、ボールがどこに飛んでいくかは野球の神様のみが知っている。


 ……少しして再び玄関から音がする。

 クラリッサが来たようだな。


 ◇


「エルト様、お邪魔いたします! それとお久し振りです……! ステラ様! それにオードリーも!」

「おっぉぉぉ……?」


 声を出したのはオードリーだ。


 玄関から姿を見せたクラリッサ。

 しかし雰囲気がこの前と違っている……。


 その、なんだろう……腰にバットを差しているのもそうだが、体つきが一回りがっしりしているような?


 そしてそのバットは……うん。俺が作ってステラに渡した物っぽいな。

 東の国でバラまいたと言っていたうちの一本か。


「久し振りだな、クラリッサ……」

「お久し振りです!」


 俺の戸惑いとは逆に、ステラは朗らかに微笑んでいる。


「ぴよ……。おひさぴよ! クラリッサ、おっきくなってるぴよ?」


 ぶっ。

 ストレートにディアが首を傾げながら聞く。

 ま、まぁ……ディアが聞いてくれるのはありがたいが。


「はい、バットを振ってきましたので……!」


 クラリッサが腰に差したバットを撫でる。

 鍔を撫でる侍のような感じだな。


 それ、刀とかじゃないんだが……。俺の作ったバットなんだが……。


 すすっとオードリーがクラリッサの側に移動して、腕をふにふにと触る。

 無言だ。


 やがて驚いたかのように、


「……筋肉ついてる!」

「はい、ずっと馬車の中でも鍛えてましたから……!」


 うんうんとステラが頷く。


「とてもいい心掛けですね!」

「……何をしてきたんだ、ステラ?」


 こそっと隣にいるステラに聞いてみる。

 東の国のアレコレが原因だと思うんだが。一日二日の滞在でずいぶん影響を残してきたな。


「野ボールをちょっと普及させてきただけです」


 ちょっと……?

 一見して体つきが変わるくらいなんだが。


「しかしクラリッサ、パワーだけでは駄目ですよ。テクニックとスピードが備わってこそ、パワーも活きるというものです」

「はい……!」


 クラリッサの瞳が燃えている。

 前にあった時はクール系の子どもと思ったのだが、熱血スポーツ少女になっているような。


 闇の組織は冗談だったんだよな?


 そんな疑問を抱く俺に、ディアがずいっと身を乗り出す。


「ぴよ。クラリッサものぼーる、やるぴよ……!?」

「ええ、やりますよ……!」

「ウゴウゴ、バットも差してるし……」

「まぁ、やる気だな……」


 その答えにディアがふよんふよんと上下に揺れる。

 お茶をたくさん飲んでたぷたぷしてる。

 かわいい。


「じゃあ、やるぴよ? いっしょに――」


 ディアが羽をぴっと立てる。


「のぼーる、ぴよ!」

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