216.湖の真ん中で
一方、ウッドとララトマは二人きりでゆったりボートに乗っていた。
水面は穏やかだが、何分初めてのボートだ。
ウッドはララトマを気遣った。
「ウゴウゴ……ちょっと揺れてるけど、大丈夫?」
「だ、だいじょうぶです!」
「ウゴ、なら良かった……」
力のあるウッドがオールを漕ぐと、ぐいっとボートが進む。近くには他のボートも浮かんでいる。
そこではニャフ族が漕いでいたり、一休みしていたりしていた。
「にゃーん、湖ってこんなに広いにゃーん」
「浮かんでみると違うにゃー」
「全くだにゃん」
ララトマはもじもじしながら、ウッドを見つめる。
やはり何かがおかしいのだ。
ウッドだけがララトマの心をかき乱す。
それがどういう意味を持つのかはわからないが。
姉のテテトカも教えてはくれなかった。
「ウゴ……ララトマ、最近大丈夫?」
「えっ?」
とっさの問いかけに、ララトマは口ごもった。
ウッドの目は心配そうだ。
最近、ララトマはウッドの表情がわかるようになった。目を見るといいのだ。
「……ウゴ、花飾りの時も上の空っぽい。何かあった?」
「うう……はぃです」
確かに上の空なのだ。ララトマもわかっていた。
集中力が途切れがちになっている。
テテトカにもそれは指摘されていた。
でもどうしてなのかも、どうすべきもわからなかった。
ただ――このままではいけない、とは思っていた。
どこかで何かを、何かをしなくちゃいけないのだ。
それが心の中だけなのか、実際の行動かもわからないけれど。
だけど今日はチャンスのような気がした。
そう、何か一歩を踏み出すような。
ウッドは自分のことをどう思っているだろう?
わからない。
でも嫌われているようには感じない。
ウッドの目は大っきくて優しい。
きっと大丈夫だ。踏み出したとしても。
「そっちへ、行ってもいいです……?」
「ウゴ……? いいよ」
ララトマはのっそりとボートから立ち上がり、ウッドの両脚の間に納まる。
身長差があるので、すっぽり脚の間に入るのだ。
「……いい匂いがするです」
「ウゴ、俺? お風呂には凝ってるから」
屈託なくウッドが笑う。
そう言えば、ウッドの家族は全員同じ匂いがする。
ハーブというか、優しい気持ちになれる匂いだ。
「その……」
「ウゴ?」
「…………」
駄目だ。
ララトマの喉には色んな言葉が引っ掛かるが、出てこない。
天気?
いや、別に割とどうでもいい。
湖?
綺麗だけど、気の利いたことを思いつかない。
胸がきゅっとする。
でもそうすると、ウッドはまた心配するだろう。
「ウゴ……」
◇
それはまた、ウッドも同じだった。
ボートを漕ぎながらぼんやりと思う。
……ララトマはなんだか特別なのだ。
いつからかはわからないけど。
明確なことがある。
家族以外とこうして二人きりになりたいと思ったのは、ララトマが初めてかもしれない。
ニャフ族と遊んだり、冒険者達と野ボールしたりするのとはまた違う。
どこがどう違うと聞かれても困るのだが。
とにかく、なんだか違う。
頭に黒バラを乗せたドリアード。
快活でいて、少しマイペース。
他のドリアードと同じようで、彼女だけがなんとなく特別なのだ。
家族よりは遠い。でも他人よりはずっと近い。
この感情とやるせなさをどうしたらいいだろう。
ウッドは考えた。
「ウゴ……」
そして思い至る。
ステラはよくエルトに触れていたと思う。彼女があそこまで触れるのは家族だけだ。
ウッドはそっと、右手でララトマの肩に触れる。
小さくてすべすべしていた。
……母であるステラよりもずっと弱い、そんな気がする。
ララトマは何も言わない。
言って欲しい気もするし、何も言わないでいて欲しい気もする。
と、そこへ――。
「るーるるー……いい気持ちですね!」
「しゅばばばなんだぞー」
……少し遠くでステラとマルコシアスとエルトが湖の上をダッシュしている。
彼女達はこーいう時に、はしゃぐ癖があるとウッドは知っていた。
マルコシアスの胸元にいるディアも大興奮である。
「すごぴよ! なんかふしぎぴよ!」
「ああ、妙なもんだが……結構楽しいな」
エルトはステラの手を取りながら、すっーと水の上を滑っている。
「はわ……なんだか格好いいです」
「ウゴ、そうだね……」
家族のことを褒められるのはなんだか、恥ずかしいけれど。
ゆっくりとボートは進む。
ゆらゆらとかすかに揺れながら、コカトリスボートがぷかぷかしているのを横目に。
「……ちょっと眠くなってきたです」
「ウゴ、いいよ。こんな天気だし」
冬には珍しく、太陽が強く輝いている。
風もなく、眠気を誘われても不思議ではない。
ララトマが後ろのウッドに体重を預け始める。
ウッドもオールを手放して、少しボートに寄りかかる。
うん、問題はなさそうだ。
湖ではニャフ族や冒険者、家族の声が響いている。
楽しそうで、安心する。
少しくらいここでお昼寝しても大丈夫だろう。
思えば、会って数ヶ月のララトマとお昼寝するのも妙なものかも知れないが。
ウッドが薄目で見ていると、ブラウン達が湖の真ん中に辿り着いたようだ。
早速、釣り竿を垂らしている。
「にゃーんにゃーん」
上機嫌なニャフ族の声が聞こえてくる。
実に楽しそうだ。
うとうと。
うとうとうと……。
ウッドとララトマがボートの中でお昼寝し始めて、数分後――。
「にゃにゃにゃにゃ!」
「ウゴ……!?」
ブラウンの慌てた声にウッドが目を覚ます。
「どうしたのです……!?」
「ウゴ……いや、向こうで……」
ウッドがブラウンの乗ったコカトリスボートを指差す。
そこではブラウンが釣り竿を悪戦苦闘しながら引っ張っている。
しかしヒキはそんなに強くなかったらしい。
「ふにゃーん!」
ブラウンが気合を入れると、湖の中からソレが姿を現した。
レインボーフィッシュ……ではない。
「とったにゃーん!」
ブラウンが周囲にソレを見せる。
ウッドの位置からでも、ソレが何なのかはわかった。
と言っても本で見たことがあるくらいだったが。
「ウゴ、貝……?」
それは鈍く光る銀色の貝。しかもかなり大きい。
ニャフ族の手のひらくらいはありそうだ。
湖の真ん中では、また別の生き物がいるみたいであった。
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