215.水上デート

 続々とボートが湖へと進んでいく。

 コカトリスボートに乗るニャフ族……かわいい。


「にゃー、船だにゃー!」

「水の上だにゃーん!」


 ボートに乗ることでニャフ族はさらに興奮しているようだな。

 皆、目がキラキラとしているな。


「兄上、ボートには二人で乗るといいんだぞ」

「そうなのぴよ?」

「そうなんだぞ」


 向こうではマルコシアスがウッドとララトマが二人きりになるようにしていた。

 その言葉にララトマがもじもじしている。


「えっと、でもです……!」

「我々は我々で乗るんだぞ。大丈夫なんだぞ」


 ずずいっとマルコシアスが言い切った。

 少女姿のマルコシアスにはなんとも言えない可憐さと威厳がある。


 俺やステラが言うと、ちょっと圧が強すぎるかもだからな……。

 その点、マルコシアスには謎の説得力がある。


「ウゴウゴ……じゃあ、二人で行く?」

「……行きますです!」


 ウッドがボートを押して、ララトマと一緒に湖へと漕ぎ出す。

 さすがウッドにはパワーがある。


 ステラが手を振る。


「気を付けてくださいねー」

「ウゴ、いってきます!」

「いってらぴよー!」


 ふむ……とりあえず二人きりにはなったか。


 これがどうなるかはわからんが。

 しかしウッドは慎重派だし、いきなり駄目になるような地雷は踏まないだろう。


「エルト様、それでは私達も行きましょうか」

「うん? どこへだ?」


 ボートはあらかた湖へと出発して行った。

 俺達はボートを買っていないし、乗せてもらえるとしても後だろう。


「もちろん湖です」

「……いや、だからボートは……」

「大丈夫です!」


 ステラはそう言うと、湖へと歩いて行った。

 スタスタと。


「ス、ステラ……!?」


 止める間もなくステラは湖の縁に辿り着き、そのまま進む……湖の上を。


 ステラの足元から波紋のような魔力が広がっている。それは皆が使うような、魔法の波だ。


 初めて見た。

 水上歩行の魔法か……?


 ゲームにそんな魔法やスキルはなかったはずだが。

 しかし現にステラは湖の上を歩いている。


「ぴよ!? あるいてるぴよ!?」


 ディアも初めて見たらしい。

 でも冒険者達の反応は違った。


「おおっ、ステラ様の水上歩行か!」

「伝説は本当だったんだ……!」


 歓声を上げる冒険者達、それに照れるステラ。

 ……有名なのか?


 いや、待て……。

 ステラの劇の中に水上歩行のやつがあったな。


「えへへ、久し振りですけど忘れてなかったですね……!」

「劇のひとつにあったけど、水上決戦のやつか……?」

「それも劇になっていたのですか?」


『ステラ六作』と言われる劇のうち、最も上演回数が少ないと言われるのが『英雄ステラ、リヴァイアサンの群れを穿つ』だ。


 話の内容はまさに大河を舞台にして、歴史上空前の規模のリヴァイアサンの群れをバッタバッタと英雄ステラがなぎ倒したという……。


 上演回数が少ないのは、これが水上でやる劇だからだ。そう、船上での演劇という無茶苦茶な形態である。


 古代ローマとかでもあったらしいが……現代地球でも水の上や中でやるショーはあるが、数少ない。

 理由は単純、金がかかり過ぎるからだ。


 この劇のステラは水の上を走って飛んでだったが……アレは演出じゃなかったんだな。

 本でも「実際にこんなことはなかっただろう」とか書いてあったのに。

 史実だったわけだ。


 ……しかも俺の知らない魔法だ。

 本当に初めてだ。俺の知らない魔法……。


 可能性はあった。

 この世界は俺が極めたゲームの世界に似ている。


 しかし同じではない。

 共通なのは動植物、スキル、魔法、アイテムといった部分だけだ。


 地理や歴史は全く異なる。

 なので、もしかしたらとは思っていた。


 どこかにゲームの世界と異なる魔法があっても不思議ではないと。

 まさか目の前にいたとは思わなかったが。


 胸がわずかに高鳴る。

 知らない魔法、しかもステラが言うからにはそんなに難しくはないのか。


 やってみたい……。


「……私の人生、思ったよりも劇になっているみたいですね……」

「ああ、まぁ……冒険者としては超有名人だしな」


 あの劇だと国ひとつ救ったレベルの話だったが、本当に凄いな。

 まぁ、さすがに脚色はされているだろうけど。


 俺はステラに近寄った。

 そうすると、ステラのやっていることがよくわかってくる。


「足から魔力の膜を張っているのか……」

「はい、エルト様の魔力なら――すぐ出来るかと思います」


 イメージとしては忍者がやるような水蜘蛛みたいなものだな。

 魔力の流れもすんなりとしてて、確かに実演されれば、案外簡単に出来そうだ。


「よっと、だぞ!」

「ぴよ!」

「マ、マルちゃん!」


 パシャッ。


 なんと気が付いたらマルコシアスがステラの隣にジャンプしていた。

 驚いていると……マルコシアスがステラと同じような魔法で水面に浮いてる。


 大丈夫みたいだな。ちゃんと浮いてる……。


「できたぞ!」

「ういてるぴよー!?」

「我が主も浮いてたぞ」


 マルコシアスが胸元のディアを撫でる。

 言われればそうだな、ディアも桶の中で浮いてた。

 同じ原理なのか?


「……そうぴよね。ういてたぴよね」

「そうなんだぞ」


 マルコシアスが優雅な足取りでステラの隣に行く。


「マルちゃん、それって出来たんですか……」

「なんだか出来る気がしたんだぞ」

「まぁ、マルちゃんですからね……」


 良いのか、それで。

 でもマルコシアスは特別だからな。謎の説得力がある。


 冒険者達が目を丸くして驚いている。


「な……さすが貴族の子女か……」

「やはり俺達とは違う……」


 マルコシアスの魔力は俺よりもかなり少ないはずだが、ちゃんと浮いてるな。

 それなら俺に出来ないはずはない……多分。


 湖の縁に立ち、足元に魔力を集中させる。

 こうした形の魔法は初めてだが……。


「手を取ってください、エルト様」

「あ、ああ……」


 俺の側に近寄ってきたステラ。彼女の手を取る。

 まるでスケートリンクで習うような、そんな感じだ。


 ゆっくりと湖に右足を踏み出す。

 水面に魔力が広がり、それが足場になる。


 おお……大丈夫だ。右足は沈まない。


「その調子です……!」

「だな。これなら大丈夫そうだ」


 左足も湖へと踏み出す。

 これで――両足とも湖の上だ。


「不思議な感覚だな……。本当に浮いてる」


 ぷかぷか……。わずかに揺れるが、大丈夫だ。

 足元はしっかりしている。


「はい、楽しいですよね。これで行きましょう……!」


 こうして俺達家族は湖の上を歩き出した。

 ……なんとも変わったアレだが、我が家らしいといえば我が家らしいか。


 ちなみに俺達が近付いて、ニャフ族がびっくりしたのはまた別の話である。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る