203.ボート作り

「ただいまーです!」

「ただいまぴよ!」


 夕方になって、ステラとディアが帰ってきた。


「おかえり、二人とも」

「むにゃ……おかえりなんだぞ」


 俺の膝の上でマルコシアスが顔を前足でこする。うとうとしていたが、目覚めたか。


「……いっぱい買い物してきたな」


 ステラが木製のカゴに色々と詰め込んで持っている。ヤスリやハンマーのようだが。


「はい……! ボートの話を聞きまして、ちょっと作ってみようかと」

「かあさまがつくってくれるぴよ!」

「ボートを……!?」


 レイアの所に行ったと思ったら、話がいきなり飛んだな。

 ……いや、意外とステラなら出来るのか?

 手先も器用でパワーもあるし。


 しかしステラは慌てて否定する。


「ああっ、いえ! 小さいボートです。こう、てのひらサイズの玩具みたいな」

「みずにうかべてあそぶぴよ!」


 ディアの目がきらきらしていた。

 なるほど、そーいう玩具があってもいいな。

 でもステラは自作するつもりなのか……。


「なのでエルト様、杉を生み出してくれませんか……!?」

「杉……それは構わないが」


 植物魔法の弱点は、地面から離れると小さく弱くなるということだ。


 大樹の家や塔はこの類の魔法としては、かなり強力で効果的な部類である。

 反面、手の中に生み出すような【緑の武具】はイメージ力が要求される割にはそれほど強くない。


 なので船を直接生み出すのはかなり非効率……と俺は考えている。

 多分、杉そのものを増やしまくった方がいいだろう。


「こんな感じか……」


 手に魔力を集中させる。

 杉、杉……。


 これは頭の中で品種を選ぶだけだからな。

 楽なのだ。


 緑の淡い光が手に集まる。

 そして、手の中に杉の小さな丸太が現れた。

 片手分で持てる分、数キロぐらいか。


「おー……杉ですね。丸ごと……」

「板みたいなのは無理だな」


 杉の板のイメージが沸かない。やっぱり加工品の難度は高いな。


 丸太や枝ならすぐに具現化できるんだが。

 植物そのままは頭の中でぽんと選ぶイメージなのだ。


「いえ、これで大丈夫です。削って切って、そこからやりましょう」

「やるぴよ!」

「おもしろそうなんだぞ」

「ここから作るのか……」


 というわけで、ステラの工作教室が始まった。

 俺も本を置いて見に行く。


「ウゴウゴ、ただいまー」

「あ、おかえり」


 ちょうどウッドも帰ってきたな。

 けっこう長い間、大樹の塔にいたみたいだが……うんうん、自分だけの繋がりがあるのはいいことだ。


「ウゴ……丸太?」

「ええ、これから小さなボートを作るのです……!」


 ステラが勇ましく杉の丸太を持ち上げる。


「……ウゴ、母さんが?」

「昔、レアな素材を集める間、小屋を作ったりしてましたからね。お任せください!」

「すごぴよ!」


 冒険者のサバイバル技術が凄い。

 でも長期間、野外に活動するなら当然か。

 雨避けに虫除け、その場で何か作った方が効果的かもしれない。


「えーと、木くずが飛び散らないよう……布を敷いて……」


 リビングの机をどけて、大きな布を敷く。

 その上にステラはすっと座り……大型ナイフを持つ。


「おっきなナイフぴよ」

「気を付けてくださいね。力を入れ過ぎると折れますから」

「普通、折れないぞ」

「折れますよ……!? いともたやすく、ミスリルもぽっきりいくんですよ……!」

「ミスリルをそんなに簡単に折るのか……?」


 ステラがぎくっとする。簡単に折れるらしい。

 普通は折れないはずだが……。


「こ、こほん……では、始めますよ。表面を削ってー……」


 咳払いしたステラがさっそく、杉を削り始める。


 ザシュザュザュ……!


 物凄い音を鳴らして、杉の丸太が姿を変える。

 あっという間に表面の樹皮が削られ、角材みたいになる。


「はやぴよ……」

「ウゴ、すごい……!」


 ふふん、とステラは上機嫌だ。


「これを次に板にします……! えいっ!」


 ひょいと角材を宙に浮かせるステラ。

 そしてナイフがひゅんひゅんと数回、宙を走る。


 パカッ……。


 角材が三つに切られ、布の上に落ちる。


「すごぴよー!」

「ウゴ……さすが、かあさん……」


 ……割と滅茶苦茶な特技だな。

 どっかの侍みたいな技だ。というか、この身のこなしだと剣術も超一流なのでは?


「断面も綺麗なんだぞ」

「ああ、すっぱり割られてるな」

「うまく行きましたね……! さ、どんどんいきますよー!」


 それから小一時間、ステラは超絶技量を発揮しながら小さなボートの玩具を作っていく。


 うん……凄いとしか言えない。


 ◇ 


 わいわいしながら、ステラのボート作りは佳境を迎えている。


 いわゆる流線型のボートだな。

 板を組み、小さな釘で合わせている。


「ふー……こんなモノですかね……」


 ヤスリで側面を磨くステラの目は真剣そのものだ。

 そして杉のボートは完成に近付いている。


「ぴよ、ぴよ……」


 ディアはすでに待ちきれない様子である。

 ちなみに作業するステラの横には、水を入れた大きな桶が置いてある。


 すぐに浮かべて遊べるように準備してあるのだ。

 これは中々のプレッシャーだ。


 うまく行かなかったら、目前でボートが沈んでいく。気まずい空気が流れるのは間違いない。


「出来上がりか……?」

「ウゴ、きれいな形……。小さなボート!」

「ミニボートなんだぞ」


 最後にステラがぺたぺたと樹脂を塗っていく。腐食防止らしい。

 ふーっと息を吐いたステラが、ボートを両手で掲げる。


「じゃーん! できました……!」


 出来上がったのは、見事な小さいボートだ。

 流線型で先が細長く底も浅い。

 磨き上げられたおかげで、杉の木目が美しく映えている。


 正直、かなり格好いい……。


「どうぞです……!」

「やりぴよ!」


 ステラからうやうやしくミニボートを受け取ると、ディアはさっそく桶の上に持っていく。


 ごくり。


 浮かびますように……。


「……ぴよ」


 ディアがミニボートをゆっくり桶に入れ、手を離す。


 ぷかぷか……。


「うかんだぴよ!」

「おお、良かったな……!」

「いえーいです!」


 ステラが皆とハイタッチする。


「じゃあ、あたしもうかぶぴよ!」

「ん?」


 そう言うとディアが大きな桶にそっと入る。

 ……ん?


「主も浮いてるんだぞ」

「うくぴよ!」


 どうやらディアは水に浮かぶらしい……。

 まぁ、この前のお風呂でコカトリスが浮いていたからな。

 不思議はないと言えばないが。


 ぷかぷか……。


 ディアは水に浮かびながら、ミニボートを羽でゆっくり前後させる。

 かわいい。


「いいぴよ……」


 うっとりとディアがつぶやく。

 ご満悦なようだな。


 そしてステラも満足げにその様子を見つめている。


「もっと大きな船もいつか手に入りますからね!」

「……もっと大きな船?」

「さっき、レイアに頼んできました。お金は出すから大きな――家族皆が乗れる船が欲しいって」

「お、おう……」


 出掛けたのはそれが主目的だったのか。

 コカトリスボートを作ってもらうことではなかったんだな。


 ふむ……あとでレイアにフォローしておこう。

 大きな船はリスクが高い。

 どこも貴族家の縄張りになっているからな。


 特にこの周辺の貴族でいうとライガー家か。

 五大貴族の一角で、おいそれと関わるのは得策ではない。


 さらにザンザスとの取次をしているルイーゼ・ライガーは噂でちらちら聞くが……。

 ちょっと頭がアレらしいし、暴風の虎との評判なのだ。

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