175.東の国へ

 冒険ギルドがオープンした数日後。

 ついにステラとナナ、マルコシアスの出発の日が訪れた。


 朝一番に俺の家の屋上からばびゅん! してエルフの国へと向かうのだ。


 雨こそ降っていないものの、雲は厚く風はやや冷たい。


 ステラの胴体には子犬姿のマルコシアスがセットされている。

 魔法の加護がある布に包まれて抱っこされてる状態だな。


 あとは腰の右左にデュランダルとフラガッハを取り付けている。

 ステラにとって大切な二刀流である。


 そして一週間とはいえ、マルコシアスがディアとウッドと初めて離れるのだ。

 俺に抱えられたディアは、しっかりマルコシアスを撫で回して別れを言っていた。


「マルちゃん、しっかりおてつだいしてくるぴよよ」

「わふ! 頑張るぞ!」

「ウゴウゴ、お腹冷やさないように……」

「ありがとう、気を付けるぞ!」


 マルコシアス自身は、そう気負いはないようだな。

 劇でもそうだったが心臓はかなり強いらしい。


「……体だけには注意するんだぞ」

「たべすぎもだめぴよよ……。かあさまもおげんきで、ぴよ」


 うるうるしているディアの頭を、わしわしと撫でるステラ。


「ディアは良い子ですからね。一週間で帰ってきますから、心配しないでください」

「……ぴよ」

「ディアをよろしくお願いします。エルト様、ウッド」

「ウゴウゴ、任せて!」


 ウッドも頼もしくなってきたな。俺も力強く頷く。


「ああ、こちらは心配いらないよ。無事に帰ってきてくれ」


 そしてナナの見送りにはレイアが来ていた。

 意外な組み合わせだな……。なんとなく距離感が掴めん。


 俺達から少し離れたところで話をしている。


「……来たんだ」

「来ますよ、心配ですから」


 着ぐるみ姿のナナの表情はわからない。でも少し嬉しそうな声だ。

 コカトリスグッズの作り手としてシンパシーがあるのだろうか。


「私が言うことでもありませんが、油断はされませんように。それだけです」

「わかってる……。うん、ありがとう」


 ホールド兄さんのときとは結構違う……。

 レイアがステラへと向き直る。


「ステラ様、ナナとマルシスちゃんをよろしくお願いします……!」

「ええ、もちろんです……!」


 ナナがレイアから離れて、俺達の方に来た。

 俺はナナにもしっかりと声をかける。


「ナナ、ステラをよろしくな。頼りにしている」

「かあさまとがんばってぴよ!」

「ウゴ、気を付けていってらっしゃい!」


 俺達の言葉に、ナナはしっかりと頷く。


「ありがとう。ちょっとの旅だけど、怪我のないように帰ってくるよ」


 そう言うと、ナナはステラの背後に回った。

 ナナがすっと手を振るうと、手の中にベルトが出現する。


 マジカル収納から取り出したのか。

 そしてそのベルトで自分とステラを固定する。


「よいしょっと、これでよし!」

「では……! 行って参ります!」


 びしっとステラが気を付けをして、ぐっと踏み込む。

 瞬間、ステラは飛び上がる――はるか上空まで。

 これも練習で馴染みになった光景だな。


 もう少し、もう少しで……。


 きらっと赤い光がきらめくと、ステラ達はばびゅんと飛び去っていった。

 赤い軌跡を空に残して。


 少しの間しんみりしていると、ウッドが声を上げる。


「ウゴ、雨……?」


 ぽつりぽつりと雨が降ってきた。


「ぴよ。かぜもつよくなってきたぴよ」

「そうだな。風も出てきた……」


 ディアのもこふわな毛がなびいている。

 レイアがコカトリス帽子を抑えながら、


「……三人が行かれた方向に雨が降っているような」

「……」


 確かに、赤い軌跡は雨雲に突っ込んでいるな。

 ディアがわなわなと震えている。


「ぴよ……!? だいじょうぶぴよ?」

「雨具の類も収納していましたから、大丈夫のはずです」

「できるぴよね……!」

「ウゴ、よかった!」


 と、風が段々と強くなってくる。


 ふむ、なんとなく思っていたんだが……。

 木の像になったり、案外ステラは運が悪いのかもな……。


 ◇


 ステラ達を見送った後、俺は冒険者ギルドへと向かった。

 ディアのお世話はウッドに任せてある。


 しばらくは家で仕事したりと冒険者ギルドで仕事をしたりの行ったり来たりだな。


 ……本当は毎日働く必要はないらしいが、落ち着かないのだ。

 すでにギルド内では職員達が働き始めている。


 ぴかぴかの床と壁、綺麗な机や椅子。

 それなりに投資しただけあって、ホテルのラウンジみたいな見栄えになっている。


 そのまま挨拶を交わして、俺はギルドの二階へと上がっていく。

 ここから先は職員専用エリアだ。


 ふむ、すでにナールも来ているな。


「にゃ、おはようございますにゃ!」

「おはよう、ナール」


 十人くらいの職員が書類仕事をしたり、冒険者から買い取った素材の整理をしている。


 この辺りも特に問題はないな……。

 ザンザスからノウハウをもらっているので、順調に回転している。


 そして改めて、冒険者ギルドを開設して良かったと思う。

 書類の書式や各種素材の買取データみたいなのも共有できているからだ。


 あとは近隣の魔物の出現情報や世界各地のダンジョンの情報等……つまり可能な限り早く情報が入ってくる。


 もちろん対価は払っているが、普通の本とは比べ物にならないスピードである。


「にゃ……三人は出発されましたのにゃ?」

「ああ、無事に空を飛んで行ったよ」

「東の国とはまた、遠いところですにゃ……。一週間で往復できるなんて、さすがですにゃ」

「ステラがいないと無理だと思うが……」


 地上でそのまま超加速を使おうとすると、地面かモノに間違いなく激突する。


 超加速のテスト飛行をしていて、発見したこと。

 マルコシアスが少女姿だと、コントロールはかなり正確にできるようだ。初めに家の中でぶつからなかったように。


 ただしかなり疲労して、距離も短くなる。

 長距離には不向きだ。


 子犬姿だとコントロールは皆無に近くなるが、大幅に疲れなくなり距離が伸びる。

 この場合はアシストがいないと使えない……。


 これはゲームの中でもそうだった気がする。

 あまり記憶はないが、形態が違うと動きも違うからな。


「なんにせよ、片道二日の行程だ。そしてエルフの国で三日過ごして、帰りにまた二日」

「にゃ……これは今しがた、商人からちょっと聞いた話なのですにゃ」


 ひっそりと声をひそめるナール。

 俺も少し屈んで集中する。


「どうも黒竜騎士団が東の国境沿いに向かったらしいのですにゃ」

「……珍しいな、騎士団の動きを掴めるなんて」


 騎士団は軍事組織だ。

 その行動内容が漏れることは少ない。


「にゃ、すでに帰り道みたいなので掴めたらしいですにゃ。スティーブンの村近くにいるらしいのですにゃ」

「……うん? それって……」


 今からステラが向かう東の村じゃないか。


「一日目はそこに宿泊するはすだ」


 がーん……!

 ということは、そこで鉢合わせになるかもなのか。


 なんてこった。

 ステラへのリベンジを企んでいるのがいなければいいのだが。


「にゃー……」


 ナールもうなる。

 黒竜騎士団と和解したとはいえ、まさかそんなことになろうとは。

 だがもう遅いか。伝える手段がない。


「申し訳ありませんのにゃ……」

「いや、仕方ない。騎士団の動きはどうしようもないからな。知らせてくれてありがとう」


 しかし、こんな確率ってあるのか?

 色々と積み重なるものだ。


 またトリスタン卿みたいなのをぽこぽこしたり、夕日に向かってダッシュし始めたり……そんなことがなければいいのだが。


 ……あれ?

 全然、ステラのことは心配にならないぞ。

 負けるはずがないからな。


 むしろ逆じゃないか?

 挑まれたらステラはどうあれ、受けて立って返り討ちにするだろう。


 大変なのはベルゼル兄さんのいる黒竜騎士団の方か、コレ?

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