163.カタログの新アイテム
「それでは今日はこれくらいにしましょうか」
「わふー」
「ウゴウゴ、楽しかった!」
日が暮れ始めてきたので、今日は終わり。
結局かなりの時間やっていたな。
地面に突き刺さっていたのは最初の方だけで、今ではそんなことはなくなっていた。
「お疲れ様……。そういえばマルコシアスは大丈夫なのか?」
「わっふ?」
「まえはつかれる、っていってたぴよ」
「わふ! そうだ、疲れてないぞ! むしろ楽しかったぞ!」
自分でも初めて気が付いたみたいだな。
そこにステラが答える。
「前も人の姿をしているときは、疲れるからと言ってましたね。こちらの方が速く動くには合っているとか」
ステラがマルコシアスの頭をなでなでする。
マルコシアスはだらーんと気持ち良さそうにしてるな。
俺も抱えているディアを撫でるか……。
なでなで。
「母上、そーだったのか……」
「あなたのことなのですが……」
ゲームの中ではどうだったかな。
赤い超加速は確かに、狼の姿の時の方が多用してたか……?
ボス敵としてしか知らないため、その辺りは俺もわからないな。
でも姿形が変わると得意なことが変わるのはよくあることだ。
そうでないと変身する意味がないし。
「おにいちゃんもたのしかったぴよ?」
「ウゴ……空を感じた!」
「……なるぴよ……」
ディアが身じろぎする。
やりたそうな雰囲気を出しているな。
ディアは好奇心が強いし、他の皆が楽しそうなことはやりたくなるタイプだ。
ふむ、俺も後押しした方がいいかな。
正直に言えば興味はある。
思えば『速いもの』がこの世界にはない。
せいぜい馬くらいか。
歩くより速いは速いが、新幹線や車、飛行機ほどではない。高層ビルもないし、高い所から眺めるのも無理だ。
ステラのばびゅーんは速くて高い。
上から見たこの世界はどんな感じなんだろうな。
「最後に一回、一緒に飛んでみるか?」
「ぴよ……!? とおさまも?」
「ああ、一緒なら怖くないだろう」
「……そうぴよね。とおさまといっしょならこわくないぴよ!」
そういうわけで、最後は家族みんなで空を飛ぶ。
「いいですね、みんな一緒で……」
「いや、大丈夫なのか……?」
言っておいてなんだが、今のステラは凄いことになっている。
背中にはウッドが、胸元にはマルコシアスがいる。
俺とディアはそれぞれステラの片腕で固定されていた。
「……ドラゴンよりは全然軽いですから……!」
「そ、そうか」
「では! いきますよー!」
ステラが思い切りジャンプする。
それだけでディアは大興奮だ。
「ぴよ! たかぴよー!」
「おお……」
村が小さく見えるな。
上から見ると本当に森みたいだ。
そして広場に大樹の塔。
あっ、大樹の塔の窓からテテトカが手を振っている。
今回のお祭りで大活躍したドリアードにお礼をしなくてはな。
欲しいものがあれば用意するカタログを渡したが、見てくれてるだろうか?
――そして急加速。
思ったほど風は感じない……というか不思議な感覚だ。魔力に包まれているからかな。
視界がほんのり赤い光に包まれているのだ。
それでもぐいーんと上空を移動するのは、これまでにない感覚である。
そして気が付くと、すっと地面に降りていた。
よし、突き刺さってないぞ。
「ぴよ……! しんかんかくぴよ!」
ディアも楽しそうだな。
よかったよかった。
「どうです? 楽しいでしょう?」
「そうだな……今までにない面白さだ。ウッドが楽しくなるのもわかるな」
「ウゴ……! はやくて楽しい!」
「ぴよ? マルちゃん……」
ディアがマルコシアスを見ながら首を傾げている。
「わふ?」
「……ちょっとおっきくなってるぴよね」
◇
一方、大樹の塔で手を振っていたテテトカは窓から離れて室内へと戻っていた。
室内ではララトマが、座っているコカトリスに寄りかかっている。
「テテトカおねーちゃん、どうしたですか?」
「なんかきらって光ったー」
「へー」
「赤いやつだったねー」
「はー、それが窓の外にですか?」
「もうどっか行っちゃったけど」
「なるほどー」
ゆるゆる。
ドリアード同士だと会話はこんな感じである。
「それで買うものは決めたー?」
よいしょっとテテトカはララトマの隣に座る。
「ぴよよ」
コカトリスがふんわり羽で二人を包み込む。
ほわほわで気持ち良い。
「色々と貰えるんですね」
「そうそうー」
ララトマの手元にはカタログがある。
そこには土や植木鉢や肥料や……そんな色々な絵が並べられていた。
ドリアードは字が読めないので、絵で欲しいものを伝えるのだ。
特に今回はお祭りで大活躍したので、たくさん貰えることになっている。
その貰えるものを選んでいる途中なのだ。
「こっちの赤い土みたいなのも面白そー」
テテトカが指差したのは赤い土の絵。
ドリアードにとっては、土は寝床。
寝具を選んでいる感覚だ。
「こっちのじょうろも良くないですか?」
「あー、いいねー」
ぺらぺらと紙をめくっていく。
じょうろもドリアード的にはこだわりたいアイテムである。
今やテテトカは四つのじょうろを気分によって使い分けていた。
これは重要なことで、テテトカは大いに満足していた。
しかしこの機会に五つ目のじょうろを手に入れてもいいかもしれない。
さらに細かく気分や天気に合わせて、使い分けが出来るようになるのだから。
「んー? 紙が増えてる……」
最後らへんは前にはなかったページだ。
ドリアード達のリクエストに応じて、このカタログは増えたりする。
もちろんエルトやニャフ族から、興味ありそうな物が追加されることもあるが。
今回はそのパターンだった。
「おー……これは……!」
「ごくり、テテトカおねーちゃん! もしかして、もしかして……!」
テテトカとララトマは目を輝かせた。
そのページにはこれまでにない魅惑的な商品が並んでいた。
「素晴らしい。言われてみると、これは重要だよね。今まで気にしてなかったなー」
「です! ああ、皆にも聞いてみましょう!」
「うん、きっと欲しがると思うよー」
テテトカとララトマの視線の先。
そこには水の絵が書いてあった。
……雪解け水の天然水である。
◇
家の中に戻り、子犬姿のマルコシアスをぺたぺた触ってみる。
どうやら力を使い続けるうちにちょっとだけ大きくなったらしい。
むぅ、俺にはいまいちわからんのだが……。
「たしかに少しだけ、成長してしてますね」
とはステラの言葉。
言われればちょっぴり大きくなった……かも?
この超加速も使い続けたら力や記憶がさらに戻るのかもな。
こんな感じで今日の訓練は終わり、お風呂と夜ご飯の時間になった。
のーんびりとしていると幸せの実感が沸き上がってくる。
ほどなく夜更けになり、綿に包まれてお休みの時間だ。
「すやー……ぴよ。すやー……ぴよ」
「わふー……」
ディアとマルコシアスは本当に仲が良い。
ディアの頭をマルコシアスが抱えるようにしてる。
こうして見ると、マルコシアスは少し大きくなったのかも。
ディアの頭がより隠れるようになっている。
二人とも成長してるんだな……。
ステラとマルコシアスがいない間、俺も頑張らないといけない。
寂しいかもしれないが、一週間。
ディアにとっても大切な時間になるだろう。
「んふふー……」
目を閉じているステラの腕が俺の手を握る。
俺もそれを握り返す。
柔らかい感触が手から伝わる。
それだけで十分、気持ちが伝わってくる。
俺もステラも多分、言葉を尽くしてロマンチックに愛を語るタイプじゃない。
こうやってちょっとずつ触れ合っていく方が性に合っている。
明日から村作りの日常が始まる。
……長い一日だったけど、とても価値のある大切な一日だったな。
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