158.記念品
レイアが言葉を続ける。
「わかりました。それならば、こちらとしても是非とも協力いたします」
「ありがとう、レイア」
ホールド兄さんはほっとした様子でちょび髭を撫でている。
……彼はやはりあまり交渉はうまくないかもな。
利得を示すのが下手と言おうか。
基本の構想は悪くないように思えるんだけど、そこに人を引っ張るのがうまくない。
多分、ナナはわかっていてあの態度だったんだろうが。
「助かる……。ザンザスの助力があれば成功も近づくだろう」
「微力ながら、お手伝いいたします」
ふぅ……とりあえずは乗ってくれたか。
レイアはこうなれば降りたりはしない。
問題は話の内容がまだあまり見えないことか。
俺も芸術祭について書かれた本は……少ししか持ってないな。
ナールに頼んで過去の芸術祭の本なり資料を用意してもらうとしよう。
そんなことを考えていると、レイアの視線がさっき持っていたコカトリスぬいぐるみに注がれている。
ちらっ。ちらちらっ。
みたいな。
ふむ……話題にした方がいいんだろうな。
「……ところで、さっきは家の入口で何を言いかけてたんだ?」
コカトリスぬいぐるみも持っていたが。
あのぬいぐるみは、なんだか見たことがある気がする。
最近、レイアの家で打ち合わせたりすると、机の上に置かれてたりしたが。
俺の言葉にレイアがぱぁっと明るくなる。
「よく聞いてくださいました!」
そう言うとレイアはすすっと立ち上がり、あのコカトリスぬいぐるみをテーブルに置く。
ででん。
やっぱり大きい。
「ちょっとふよっとしたコカトリスのぬいぐるみを作ってみました! 手作りの自信作です!」
「ほうほう……触ってみてもいいですか?」
尋ねたステラにレイアが嬉しそうに頷く。
「どうぞどうぞ!」
「では失礼して……」
ステラがひょいとぬいぐるみを抱える。
もみもみ……。
お腹や背中を丹念に揉んでいるな……。
ホールドはどうしたらいいかわからず、軽くちょび髭を触っている。
「お腹のもっちり感が本物に近付いてますね。羽のふわもこ感と合わさって、さらに一段階レベルアップしています」
「ありがとうございます……! ステラ様にそう言って貰えると感激です!」
「しかしこれは量産のクオリティではありませんね……」
「ええ、ちょっととあるコンテストに出そうかと。ああ、そうだ……昨日、近くにおられました女の子はホールド様のご息女でしょうか?」
「あ、ああ……そうだが?」
突然話を振られて、ホールドがちょび髭から手を離す。
「コカトリスグッズに身を包んでいることからして、多分喜んで貰えると思うのですが」
そう言うとレイアが再び立ち上がり、タンスの中をごそごそと漁る。
「よっと、これは海コカトリスのぬいぐるみです。実物に触れたことがないため、想像のコカトリスですが……。ゆえにコンテストには出せないので」
レイアが取り出したのは、テーブルの上にあるぬいぐるみよりワンサイズ小さいぬいぐるみだ。
……羽がしゅっとしてる?
それが海コカトリスとここのコカトリスとの違いだろうか?
「しかし自信作です。どうぞお土産に……!」
「あ、ああ……」
「一緒におられたのは、エルフの姫と存じます。さらにもう一体、どうぞ……!」
クラリッサのことを言い出すまでもなく、レイアは二体のぬいぐるみをテーブルに置いた。
さらに何を思ったか、レイアはコカトリス帽子の紐を引っ張った。
ぴよー!
「この帽子もどうですか?」
固まっているホールドの代わりに、俺が立ち上がって答える。
「……いや、そこまでは……。ぬいぐるみだけ、貰っておこう」
そろそろ時間だな。結構話してしまった。
「そうですか……では、お子様達にどうぞよろしくお願いいたします」
これで話し合いは一旦、終わった。
ホールドも家族と合流してザンザスへと向かう。
レイアの家を出て、ホールドはしみじみと言った。大きなコカトリスのぬいぐるみを、二つ抱えながら……。
「……お前が頼りだ、エルト」
◇
一方、オードリーとクラリッサは朝から従者を連れて村を散策していたのだが、ぬいぐるみ職人の情報は得られなかった。
そんな中をとぼとぼと歩いていたのだが、そこでばったりとディアとマルコシアスに出くわしていた。
休憩なので少しお散歩してるらしい。
もこもこなディアをマルコシアスがきりっと抱えている。
「……そうぴよか……。きょう、ザンザスにいくぴよね」
オードリーは率直に、自分達の予定を伝えた。
黙っていても仕方ないことだ。
それよりも別れを告げられたのは良かった。
「……うん。そこからはまっすぐお家に帰るから……」
「なるぴよ……」
色んな商人が村に来ては去って行った。
でもお風呂まで一緒に入った人達が去るのは、初めてだった。
ディアは首を傾げた。
自分の心の中の感情を言葉にしようとして、うまく行かないのだ。
とおさま、かあさまがたまに見せる表情。
どこか遠くのことを考えているような。
今、ディアが感じているのはそんなことだった。
だけどうまく言葉にならない、そうディアは思っていた。
なので、単純にディアはオードリーとクラリッサに聞きたいことを確かめた。
「また、あえるぴよ?」
「うん……! 絶対に!」
「会いに来るから……!」
「ぴよ……。それなら、しんぱいないぴよ!」
「我が主……」
さわさわしてくるマルコシアスの手が、ディアには嬉しかった。
「こういうときは、何か記念になるものを渡すといいぞ」
「きねんぴよ?」
「そう、もう一度会えるように」
「ぴよ……たとえば?」
「主の羽毛とか、ふさわしいと思うぞ」
「なるぴよ!」
ディアは尾羽をさわさわしてみた。
コカトリスの羽毛はミスリルでも切れない。
しかしコカトリスは自身の羽毛をケアのため、たやすく切ることができる。
なのでいつも最適にふわもこなのだ。
ディアは手に取った黄金に輝く羽毛を、ちょちょいとまとめた。
ちょうど指に合うような、小さなシュシュみたい感じに。
「これをもっていくといいぴよ」
「ディアちゃん……!」
「い、いいの?」
「いいぴよ。きねん、ぴよ!」
オードリーとクラリッサが、ディアに近寄って顔を埋める。
「ありがとう、ディアちゃん」
「私も……嬉しい」
「どういたしましてぴよ!」
「……私達が今、持っているのだと……」
オードリーがポケットから、小さなハンカチを取り出す。コカトリスの刺繍がされた、子どもらしいハンカチだ。
「……私とクラリッサで作ったの。お返しだよ」
「人にあげるとは、思ってなかったけど……受け取って欲しいな」
「ぴよ、ありがとうぴよ!」
ハンカチを受け取ったディアは、嬉しいと同時に少し悲しくなった。
こうしたやり取りの先に、別れがある。
なんとなくだけどとおさまの所に来た、これまでの商人も同じだった気がするのだ。
「縁は結ばれたんだぞ。たやすく切れはしない」
「マルちゃん……」
従者達が、オードリーとクラリッサに耳打ちする。時間が迫ってきていた。
「じゃあ……行かなくちゃ。元気でね!」
「また会いに来るからね」
それが簡単でないことは、二人はよく知っていた。
……ディアも薄々とわかっていた。
すぐに会えるなら、自分で作ったハンカチを渡すなんてしないだろう。
「意外と会えるのは早いかもだぞ」
マルコシアスがぽつりと言う。
その意味をディアは前向きに受け取った。
とおさまの親戚なら、きっと機会はあるはずなのだろう。
なのでディアは羽をばたつかせながら、二人を見送る。
自分には劇があり、オードリーとクラリッサにも旅がある。
それでもきっと、またいつか。
会えるに違いないと信じて。
「ぴよ! またあうひまで、ぴよ!」
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