141.祭りの朝

 その頃、ヒールベリーの村からほど近い場所。

 豪華な馬車が列を作って走っていた。


 隊列を組む馬車に刻まれているのは、ナーガシュ家の蛇の紋章。ホールド一家の馬車である。


 その馬車のうちのひとつに、オードリーとクラリッサがいた。

 両親は仕事があるとかで、今は別の馬車に乗っている。


 だけどオードリーは膝の上に乗せたコカトリスぬいぐるみをもみもみしながら、ご機嫌だった。


「るんるんー。もうすぐ着くねー」

「そ、そうだね。明日くらいには着くって」

「やったぁ、もうすぐもうすぐー」


 るんるんー。

 オードリーはさっきからテンションが上がっている。


 なにせ、もうすぐ謎のぬいぐるみ職人のことがわかるかも……なのだから。


「にしても、ここに来るまでの村長さんがずいぶんほめてたね」

「そうだね……。オードリーのおじさま、が領主様なんだよね」

「エルト叔父上。だけど会ったことないや」


 オードリーの記憶に、エルトのことだけが唯一なかった。

 なので印象もへったくれもないのだが――だからこそ、他人の評価が印象に残る。


 この旅行の間、ヒールベリーの村に近づくたびにエルトの評価が上がっている気がする。


「父上も驚いてた。おかげさまで、商人の行き来が増えました……とか。いい話しか聞かないから」


 エルトがヒールベリーの村から輸出する野菜や果物は、周辺も豊かにしている。

 なにせ日々、大量の輸出をしているのだ。


 その分、商人や馬車は行き来する。

 近くの村で宿泊や休憩をしたり、倉庫を借りたり……間接的な経済効果は計り知れない。


 最近ではさらにお祭りの準備で、物が行ったり来たりしている。

 ヒールベリーの村の周りも、ちょっとしたバブルになっていた。


「ほくほくしてたよね……」

「そうそう。……父上はあんまりその辺、うまくないみたいだし」


 オードリーは知っている。

 自分が見ていないと思っている所で、最近父親がお金に苦労しているのを。


「芸術はお金がかかるんだよ、きっと」

「それ、母上が聞いたら怒るやつだー」


 オードリーは九歳という年齢以上に聡明だった。母親の態度、周囲のメイドや執事の反応から……推測を組み立てるのが得意である。


「劇団に手を出したのは、まずかったかも」

「そ、そうかな……。すごーく大規模で面白かったよ」

「……でも必要なお客は入ってない。こういうのを、父上はあんまり売らない」


 オードリーは膝の上に乗せているコカトリスぬいぐるみをクラリッサに指し示した。


「コカトリス……」

「そう、時代はコカトリスなんだよ。知ってる? 今、コカトリスぬいぐるみを作る所って三十以上あるってこと」

「そ、そんなにあるの?」

「ザンザスは有名だけど、他にも増えてるんだよ。しかも結構出来がいいんだ」


 クラリッサはオードリーの部屋を思い出していた。コカトリスぬいぐるみが溢れんばかりのベッドを……。


「でも出入りしてる商会の人から聞くと、足りないくらいなんだって」

「そうなんだ……」

「うん、だから……きっとすごくかっこいい謎のぬいぐるみ職人さんを見つけて、作ってもらうんだ。父上が売るためのぬいぐるみを」

「う、うん……」


 クラリッサは曖昧に頷いた。

 なんだかとてつもなく難しいことを言っている気がする。


 オードリーは夢見がちな女の子。

 でも考え方がちょっと斜め上なのは、クラリッサもよく知っていた。


「あと、気になる話があったね」

「あ……あれね」


 昨夜泊まった村の人が話をしていた。

 英雄ステラに新しい、前代未聞の武勇伝が増えたという。


「クラリッサのご先祖様のステラさんが、木の棒でフラワージェネラルを倒したって話……」

「あ、あれはきっと大げさだよ。だってフラワージェネラルの弾を打ち返してなんて……」

「えー意外とできるかもよ! クラリッサも!」

「できないよー!」


 そんな風に二人は笑い合いながら、馬車は着実に進んでいくのであった。


 ◇


 昨日、コカトリスに抱えられた後は地下広場を見て終わりになった。

 ラバンとも軽く打ち合わせをして、必要なことは全部終わった感じだな。


 翌朝、目覚めるとステラがもう起きていた。


「おはようございます……!」

「おはよう、ステラ」


 ステラの瞳はぱっちりしており、完全に起きているみたいだった。


「早いな……。今日からお祭りだからか」

「はい、寝られませんでした」

「お、おう……」


 遠足を楽しみにしている子どもか。

 でもステラにはそういう所があるからな……。


「あれ、ディアとマルコシアスは……それにウッドもいないな。もう出掛けたのか?」


 いつもは俺とステラの間にいるディアとマルコシアス。それに腕枕してもらってるウッド。

 劇のために朝早いとは聞いていたけれど。


「ええ、かなり早く出掛けました。やる気みたいですし、そのまま行かせました」

「なるほど……。起こしてくれて良かったのに」

「ふふ、なんだか幸せそうな寝顔でしたからね。最近、お忙しかったですし」


 むぅ、確かに最近は祭りの準備で色々と忙しかった。寝かしてもらえるのはありがたいと言えばありがたいが。


「まぁ、劇の前に楽屋に行く機会があるからいいか……」

「ええ、私もエルト様もあの三人を見守らないと、ですね」

「中々難しいな、それ」


 俺は率直に言った。

 確かにディアは生まれたてだけど、すごく頭がいい。事柄によっては、なんでもかんでも道を整えなくても大丈夫だと思う。

 例えばこの劇とか。


 でも、それを実行に移すのは意外と難しいと感じる。

 適度に三人でやってもらった方が良いのは、確かなんだがな……。


「私も難しいです。やっぱり可愛いですから」

「……そうだよな」


 でもこのコカトリス祭りが終われば、冒険者ギルドが本格的に稼働する。

 一区切りが付くというのなら、まさにその区切りは目前に迫っている。

 一年の終わりと共に、という感じだな。


「まぁ、その辺りは考えてもしょうがない。このお祭りは俺達も楽しくやろう!」

「ええ、そうですね!」


 身支度を整え、家を出る。

 少し寒いが空は晴れている。息も白くなったりはしない。


「出店はまだ準備中だな……」


 村の人達はぼちぼち家から出てきている。

 とはいえ、まだ早いが……。


 お祭りの間、俺とステラは見回りと大型買付の対応がメインになる。

 出店から大きな商売の種があれば、それを育てるのが俺の役目だ。


「いえーい! お祭りだーー!!」

「おわっ、なんだ?」

「レイアです!」


 びっとステラが村の奥を指差す。


「何をやっているんだ、あれは……」


 タタン、タタン、タカタカタカ!


 コカトリス三体が三角形に組んでいる。ちょうど騎馬戦の騎馬みたいな形だ。

 そしてその上にレイアとテテトカが乗っている。

 完全に騎馬戦そのものだな……。


 レイアはとにかく騒ぎ、テテトカもドラムを叩きまくっている。


「ぴっぴよ、ぴっぴよ!」(かるいねー。よっさ、ほいさ)

「ぴっぴよ、ぴっぴよ!」(おもしろー。えっさ、ほいさ)


 すごく楽しそうだ。

 そして囃子役として完璧だった。


 レイアが皆に呼び掛ける。


「お祭り、始めるよー!」


 負けてられないな。

 朝から凄いテンションだ。


 隣のステラを見ると、彼女も力強く頷く。

 息を吸って、レイアの声に俺達も合わせる。


「「おー!」」

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