103.分裂する雷球

 イスカミナはどこも怪我ないようだな。

 毛並みが油まみれなのは仕方ないが……。

 彼女は勢いよく両手を振り上げながら、


「ご心配おかけしましたが、元気ですもぐー!」

「無理はしてないよな?」

「坑道が埋まって、助けが来るまで一週間鉱山に閉じ込められたことに比べれば、なんてことないもぐ!」

「……それも中々ハードな研究人生だ」

「Sランク冒険者が二人もいますもぐ。心配はしませんもぐ」

「ふむ、そういう考え方もあるか……」


 一人で騎士団に匹敵するSランク冒険者が二人いるのは心強いだろう。

 個人的にはステラもナナもまぁ、個性的だが。でも悪い人じゃないしな。


 そこへ森の中からステラ達が戻ってきた。

 特に怪我みたいのはないな。


「ただいま戻りましたー! わっ、イスカミナが油まみれじゃないですか。それにこのライオン像は……?」

「戻ってきたみたいだな。皆、無事か?」

「ウゴウゴ、らいおんたおしてきた!」

「無事ですぜ……って、ここまで持ってきたんですか?」


 とりあえず、気にはなるよな。

 軽く言っておくか。


「イスカミナがはまってしまってな……」

「もぐ……」

「……もしかして調べてる途中か何かで、そうなったと?」

「ぐるぐる回って、奥までぐっと行ってしまってな……」

「そ、そうでしたか」

「魔力に反応するのと、口の中に動く仕組みがある。気を付けてくれ」


 問題ないのを確認したところで、集まっての昼食だ。

 そしてテテトカの話を聞かないといけない。

 もっとも、本人が言うように昔のことで覚えてないこともあるだろうが。


 ……ドリアード達は、何を知っているのだろうか?


 ◇


 それは――途方もない話だった。

 もしドリアード達の話が本当ならば、だが。


 思い出しながらドリアード達が言ったことをまとめると次の通りだ。


 遥か昔、女王と呼ばれるドリアードからテテトカはこの地方に派遣された。

 そしてこの地方に住んでいたのが、コカトリスとひめさまと呼ばれる少女の魔法使い。


 この二人はライオン像を作ったりしていたが、やがて東に移り住んでいった。

 そしてドリアード達は森に残り、いままで生きてきた……という。


 全てが確かなら、この話は五百年から千年は昔の話になる。


「……女王からは、なんて言われたんだ?」

「森を大きく育てなさいー、と。それしか言われてませんー」


 草だんごを食べながら、テテトカが言う。

 冒険者達は黙りこくっていたが、やがてレイアが口を開いた。


「コカトリスと魔法使い……。もしザンザスのダンジョン作りに関わっていたとしたら……」

「……そんな伝説はなかったと思うが」


 俺もザンザスのダンジョンが生まれた関係の伝説や仮説には目を通している。

 しかしそのほとんどは根拠に乏しく、これという決め手がない。結果としては数十の説が宙に浮いているのが現状だ。

 ステラも首を傾げている。


「恐るべき魔力の持ち主がいたのではないか、という仮説はたくさんあります。でもコカトリスを連れた魔法使いという説は……私がザンザスに来た時にもありません」

「その魔法使いの外見は覚えているか?」

「んー、マルちゃんに似て色白で銀の髪だったようなー」


 アラサー冒険者がため息をつく。


「銀髪は特に珍しくもありませんや。この地方だけでもどれだけいることか。それだけじゃわかりませんやね」


 レイアも少し残念そうに頷く。


「興味深い話ですが、詳しい年代もわからないとなると……。後で色々と調べてみますが……」

「それなんだけど僕の見たところ、ライオン像は非常に興味深い魔法具だよ。このライオン像を作った技術から辿るのも面白いだろうね」

「通路の年代もしっかりと調べてみますもぐ!」

「……なるほど。確かにそれは面白いですね。専門家を頼りにするしかないのが心苦しいですが」

「気にしないでよ、ここに来てよかった。このライオン像……もしかしたら【悪魔の技術】かもしれないし」


 んん?

 ナナから気になる単語が……。

 悪魔の技術?


「【悪魔の技術】というのは聞き慣れない単語だな。どういう意味なんだ?」

「世界各地に残されている、他に類するもののない優れた魔法具。魔王級の存在のみが呼び出せる地獄の悪魔……。その悪魔達が生み出したとされるのが【悪魔の技術】です。そのままの意味ですね」


 初めて知ったな……。よほどマイナーな言葉なのか。俺の表情から察したのか、ナナが付け加える。


「魔法技術の専門用語で、しかも一般的には伝説や神話の類いの話ですからね……」

「仮定、ということか?」

「そういう伝承の魔法具や遺跡もある、ということです。たとえばザンザスのダンジョンも悪魔が生み出した説はありますし……」


 そう言われるとそうだな。

 人智を超えた遺物やらが神や悪魔の手によるものとされるのは、地球でも変わらない。

 エクスカリバーのように湖の乙女から贈られたとかあるしな。


 しかしそこで俺は引っ掛かった。

 テテトカは言ったのだ。マルコシアスに似ている……。


 それはどれくらい似ているのだろうか。

 マルコシアスが実はディアの呼び出した地獄の悪魔だと知っているのは、家族だけだ。


 ……もしかしてマルコシアスはかつて、このダンジョン作りに関わっていたのではないか?


 あのライオン像も地下通路も簡単に作れるものではない。

 俺の村が今の十倍の規模でも、果たしてこれほど長い地下通路を作れるものだろうか。


 全ては憶測に過ぎないが……。

 ステラを見ると、ほんのわずかに頷いていた。多分、俺と同じ事が頭をよぎったのだろう。


 この中でテテトカとの付き合いがもっとも長いのは俺だ。

 テテトカは適当に生きているようだけど、例え話や記憶に間違いがあったことはひとつもない。ただ、重要でないことはすぐ忘れるだけなのだ。


 ◇


 草だんごを食べて紅茶を一飲み。

 ステラ達は再び地下通路へと潜っていった。


 ライオン像をいくつか停止させ、いよいよ地図の先へと向かう。

 ここからは未知の領域。


 暗闇に松明の光がちらついている。

 照らされた地下通路は、妖しくも美しくあった。


 アラサー冒険者がさっきの昼ごはんを思い出しながら、


「……しかしあのライオン像がそれほど貴重だとはね。まぁ、古いものではあるんでしょうが……」

「ウゴウゴ、でもきれいだった!」

「ちょっとやそっとの力では削れないとなると、厄介ですぜ。なにせ口の中にしか弱点がない……」

「ウゴウゴ! はじきかえすしか、だめ?」

「その通りさ。弓矢や石投げが効かないとなるとな……」


 そこで、すっとステラが手を上げる。


「かすかに向こうから音がします」


 ステラが指差した先は、地下通路の闇。

 五感の優れるステラだけが気が付いていた。

 冒険者達に緊張が走る。


「……魔物ですかい?」

「いえ……」


 ステラは懐からカスタネットを取り出す。念のために持ってきた物だ。

 神経を集中させて、カスタネットを叩く。


 カチッ。


 木と木が打ち合わさり音が響く。

 ステラの聴覚が闇の奥にいる、何かを捉えた。


「……ゴーレム……」

「ゴーレム……? ま、まぁ置きっぱなしがあるんだ。歩くのがあっても不思議じゃ……」


 アラサー冒険者が言いながら剣を抜き放った瞬間、彼の目にも見えた。

 闇の向こうから、乳白色のゴーレムが姿を現していた。


 それはライオンの頭を持ち、威風堂々とした騎士のゴーレムであった。

 頭部の作りは何度となく倒してきた、ライオン像と同じ。


「……う、嘘だろ……」


 しかし内在する魔力の大きさは、アラサー冒険者にもすぐにわかった。

 肌を突き刺すような寒気。

 本能が危険を知らせている――ドラゴンよりも強大である、と。


「ウゴウゴ、かあさん……! こいつ、あぶない!」

「……ええ」


 ライオンの騎士の口が大きく開く。

 魔力が空気を震わせて、放たれようとしていた。


「攻撃は同じ雷球……それなら……!」


 ステラはバットを握って、構える。

 魔力が集まってから放たれるまで、わずかな間しかない。


 バチィ!!


 稲妻のごとき轟音が地下通路を揺らす。

 ステラは即座に悟った。破壊力も弾速もライオン像とは比べ物にならない。


 だが、打てる。

 打ち返せる。


 ステラがバットを振ろうとしたその瞬間――彼女だけがそれを確かに見た。


 雷球が分かれ、二つになったのだ。


 不可能ではない。所詮、雷球も魔力の産物。そうと決められれば、決められた通りになる。


 だが……この速度と破壊力の雷球が二つ。

 それらはまっすぐステラを狙った。


 これでは神でも打てない。

 バットは一度しか振れないのだ。


 自らを狙う二つの雷球。

 だがステラは振った。それ以外にないから。


「ウゴウゴー!!」


 雷球のひとつを打ち返したステラを、瞬時にウッドが守った。

 もうひとつの雷球はウッドに当たったのだ。


 それはまさに成長の証と言えるだろう。

 雷球の動き、ステラのスイング。見極めた上でのカバーだった。


 バチバチ……!


 激しい魔力の奔流が地下通路を駆け抜ける。


 そしてステラの打ち返した雷球は、ライオンの騎士にそのまま直撃する。

 もちろん、正確に頭部へと弾き返したのだが…………返せたのは、二つに分かれた半分のみ。


 ライオンの騎士は身震いすると、再び魔力を集中させてくる。


「ウッド、大丈夫ですか……!?」

「ウゴウゴ、ピリッときただけ……!」


 ウッドは傷を負っていない。

 だけど、ステラは即座に構えを解いた。


 今の雷球はギリギリだった。

 ウッドがいないと、一発は貰っていただろう。


 ……もちろん、傷を恐れなければ勝てるだろうが。しかしエルトはきっとそんな勝ち方は好まないだろう。


 もっと備えを。

 対策を。


 無理に進めてはいけないと、彼はあれほど言っていたのだ。


 だからステラは躊躇しなかった。相手の力は、少なくてもその一端は今のでわかった。


 ステラはバットを振り上げて号令する。


「後退します、エルト様に報告を!」

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