55.忘却こそ悲しみ

 明らかにマルコシアスはショックを受けている。

 まぁ、草だんごをこねてと言われたら、そうだろうな……。

 しかしそれには構わず、ディアが続ける。


「こねたいぴよー」


 かわいい。

 さて、とりあえずは様子を見るか……。


 さっきディアを止めようと思ったのは、迂闊な命令だと何が起こるかわからなかったからだ。

 しかし、ディアの命令は明快で問題はない。


 ……草だんごをこねることだけど。


 ゲームの通りなら、マルコシアスはディアの命令には従うはず。

 唱えた者に従う存在を呼び出すのが召喚魔法だ。

 俺で言うと、ウッドを生み出した魔法にかなり近い。


 実際、ゲーム的にはほとんど違いはない。

 呼び出された存在は主の意思を実行して、成長もする。


 強みは他と比べて、召喚魔法はより多くの存在を呼び出せること。

 さらに力を引き出す魔法も色々とある。


 極めれば相当便利なのだが、そこまで行くのに時間がかかる。

 これが召喚魔法の特徴だ。


 ……ふむ、こう考えると俺がウッドを生み出したのを本能的に真似したのだろうか。

 確かに大樹の家も含めて、この村は俺が作った物だらけだ。

 それがディアの魔法適性に影響した?


 さて、マルコシアスは戸惑っていたが……。


「う、承知した……。しかしどのようにすればいいのだ?」


 やはり逆らわないんだな。

 だとすれば、ただちに危険はないだろう。


「ぴよ。あたしが脚でこねるから、きみは手でこねてー」

「ええっ……あっ、はい……?」

「脚を使うなら、この薄紙で草だんごを覆いましょー。いやー、初めてで足を使うのは通ですね~」

「ありがとぴよ!」

「……ええぇぇ……?」


 ……テテトカはいつも通りマイペースだな。いきなり現れたマルコシアスはスルーか。

 俺が特にあれこれ言わないから、気にしてないんだな。


 ディアの脚をテテトカが拭いて、草だんごを薄紙で覆う。

 ちなみに二人でやるため、草だんごは増量された。

 でないと小さすぎるからな……。

 いつもの数倍の大きさになっている。


 準備が整うと、ディアが勢い宣言する。


「はじめるぴよ!」

「……承知した」


 こねこね。こねこね。


 一生懸命、ディアがふみふみしてる。

 もう一方をマルコシアスが力を込めてこねこね……うん?

 俺も草だんごをこねてるからわかるんだが、こねこね出来てないぞ。

 マルコシアスの方が、明らかに力が足りてない。こねこね不足している。


 こねこね、こねこね。

 ……うーん、なんか弱く感じるな。


「あー……力が足りてませんねー。もっと腕と腰に力を入れないとー」


 マルコシアスに駄目出しが入る。テテトカから見てもそうなのか。

 こねるにはコツもいるが、基本的な体力もいる。


「はぁはぁ……力が……力が入らない……」


 確かに力は入れているようだが、入ってない。

 マルコシアスの額には汗が浮かんでいるし、手抜きをしているとも思えないのだが。


「やすむぴよ?」

「うう、なぜだ……疲れる……」

「やすんだほうがいいぴよ!」

「わかった、我が主よ……はぁー……」


 マルコシアスがこねるのから離脱する。

 というか、力がなさすぎるのか?


 まぁいい。ディアは草だんごをこねるのに夢中だ。

 少しマルコシアスと話をしよう。


「……ちょっといいか」

「はっ……気にはなっていたが、とりあえず置いておいた現地の人。我が主よ、この人は?」

「とうさまだよー」

「我が主の父上! うん?」


 マルコシアスがまばたきし、目をこする。


「我が主、我が主」

「なにぴよ?」

「なんというか、我が主と我が主の父上はだいぶ違うのではないですか? こう、ふさふさもふもふ感に差があると言うか。骨格にも違いが……」

「とうさまはとうさまぴよ」

「……はい」


 ディアの言葉にマルコシアスは頷く。

 そして自分に言い聞かせるように、


「目の前の方と我が主は親子。覚えた」

「そうか……。とりあえず君は本当にマルコシアスなんだな」

「我を知っているのか?」


 知っているとも。

 ステラのかませとして、君はかなり有名だ。

 ゲームの中ではあまり出番がなかったのでよく知らないが……物理特化のボスだったかな。


「ああ、人並み程度だが」

「良かった。それでも十分だ」


 そこでマルコシアスはすがるように俺を見てくる。

 ……なぜ俺をそんな目で見てくるんだ?


「我、何も思い出せないのだ……。名前くらいしかわからない」


 ◇


 ここから先は推測も入る。

 しかし、ゲームの知識とこの世界で学んだことを総合すると、多分正解だろう。


 マルコシアスはレベル1で召喚された。


 本来の強さ――肉体、魔力、知性。

 その全てがリセットされた状態で呼び出されたのだ。


 おかしいとは思った。

 ディアに魔法の才能があったとしても、通常マルコシアスは呼び出せない。

 莫大な魔力が必要になるはずだからな。


 しかしステラに倒されて弱体化したか、あるいは事故か。

 とにかく物凄い弱い状態なら、今のディアにも呼び出せる。


 それが今回起こったことだろう。

 マルコシアスにとっては不憫というか、不運というか……。


 全く感じられない魔力。

 草だんごをこねるのでも息を切らす体力。

 そして自分のこともほとんど思い出せない。

 極めつけは地獄にも戻れないらしい。


 一般人レベルというか、だいぶポンコツな状態である。


「ということだと思うんだが、どうだ?」


 俺の推理を聞いて、マルコシアスが頷く。


「うむ、なるほど……」

「君はもっと強いはず、ということだ」

「どうすれば力を取り戻せるだろうか、我が主の父上」

「なんか長いな……エルトでいい」

「むぅ、そうは呼べない……。我々は同族以外を名前で呼ぶことは滅多にない。許容できる短縮は我が主までだ」

「……それは後半をただカットしたのか?」

「そういうことだ。多分、問題はない」


 ふむ、やはり知性面でもちょっと残念だな。


「まぁ、呼び名はとりあえずいいとして……力を取り戻す方法はなくはないが」

「本当かっ!」

「ディアが成長すれば、恐らく君も力を取り戻すだろう」


 完全に力を取り戻すのが、何年先になるかは言わないでおく。

 それは俺もわからないし。ただ相当先になるだろうが。


「なるほど、我が主の……」


 マルコシアスがディアの方を見る。

 草だんごを熱心にこねこねしているディア。


 慣れてきたのだろう。踊るようなステップで草だんごをふみふみしている。


「……かわいい、我が主」

「何か言ったか?」

「ああ、いや……和む光景だなと思ったのだ」


 それは同意する。

 しかし、目の前のマルコシアスをどうしたものか……。


「本当に地獄には戻れないんだな?」

「ああ、駄目だ……。転移する魔力が全くない。この状態はどういうことなんだろうか」

「……まぁ、事故みたいなものだな」


 確かいくつかのイベントでもこういう状況はあった。

 不完全だったり、予期せぬ事故で現世に縛り付けられる悪魔の話だ。

 こうなると中々に厄介だが……。


 ディアが意図せず呼び出してしまった手前、なんとかしたい気持ちはある。

 マルコシアスをないがしろにするのは、ディアも喜ばないだろうし。


 とはいえ、かつてステラと戦った相手。

 伝説では魔王を守る門番だったか。

 特に非道をすることもなく、武人気質でステラと戦って負けたというが……。

 そんなマルコシアスをどうするかは、俺一人で決めていい話ではない。


 と、大樹の塔の入口から声がする。


「エルト様、急用だと……!」


 現れたのはステラ。

 ドリアードの一人に、ステラを呼んできてもらったのだ。


 そのステラはマルコシアスを一瞥して、目を見開く。

 さて、どういう反応を示すか……。


「あなたは……!」


 同時にディアが声をあげる。


「草だんご、できたぴよ!」

「まさかマルちゃん……?」

「草だんご、マルちゃん……?」


 マルコシアスは怪訝な顔をした。

 すまん、どちらに反応すればいいかわからんよな……。

 しかし、迷ったのは一瞬だった。


「おめでとう、我が主!」

「ありがとうぴよ!」


 そしてマルコシアスは咳払いしてステラに向き直る。


「……あなたは誰だ?」


 覚えてないし……。駄目だこりゃ。

 さすがに可哀想すぎる。

 うん、マルコシアスはうちの村に置いておこうか……。

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