26.要請

 それから数日。

 看板を設置してから、人の往来は増えていった。


 やはりどういう場所か、ちゃんと宣伝している効果は大きい。

 土風呂に入りに来る人もいるし、単に通行するだけの旅人や商人もいる。

 いずれにせよ、そういう人達はお金を落としてくれる。

 宿泊だの食事代だの……人が来るだけで金は動くのだ。


 そうするなかでけっこうな金貨も貯まってきた。

 ふむ……これを元手に今度はレインボーフィッシュの飼育に挑戦するか。

 あの魚の鱗を安定的にゲットできれば、ドリアードも大きくなるしな……。


 ぺたり。

 自分の髪の毛を触ってみる。

 うん、まだふさふさだ。


 そういう順調な日々のなかで、ザンザスの冒険者ギルドから手紙が来た。

 この前ほどじゃないにしろ、かなり厳重な封がしてある。重要な案件だな。


 ナール、アナリア、ステラに集まってもらい、さっそく目の前で開封する。


 その手紙には冒険者ギルドから、二つの要請について書いてあった。


「なになに……。ふむ、麻痺治しのポーションを五十個作成願いたい……。それとステラの派遣を依頼したい……」


 その手紙には、どうしてそんな要請をしたのかも書いてあった。


「ザンザスの迷宮第二層、立ち入り禁止エリア――雷精霊の住みかの攻略のため、か。ここはどういうところなんだ?」

「んにゃ、雷精霊の住みかは魔力で暴れる雷のエリアにゃ。まるで生きているように動く雷がたくさんいるのにゃ」


 ナールの言葉にアナリアが頷く。


「動く雷は金属を貫き、麻痺攻撃を頻繁に仕掛けてきます……。麻痺治しのポーションがないと進めません」

「なんとも厄介なエリアだな。なるほど……そこを攻略するのに麻痺治しのポーションが大量に必要なわけか。でもステラの派遣を求めるのはどういう理由なんだ?」

「そのエリアでもっとも奥まで行ったのが、ステラなんです」

「それは完璧な理由だな……」

「ふぇぇ……それは本当にまぐれなんです。たまたま動く雷が少なかったので……」

「とはいえ、記録保持者なんだろう? アドバイザーでもなんでも、参加してほしいのは人情だろうな」


 あと聞きたいのは、そのエリア攻略に挑戦する理由だな。

 動く雷を突破したところに何かあったかな……。

 地理関連は前世の記憶とけっこう違うので、あまり当てにはならない。

 聞いてみるしかないな。


「それで、そのエリアになぜ挑むんだ? 手紙には書いてなかったが、奥に何かあるのか?」

「動く雷の原因となる、雷鉱石があると言われてますにゃ。雷の魔力を含んだ石で、魔物に投げると炸裂しますにゃ」


 実を言うと、この世界でも一部で電気は使われている。

 ナールの説明通り、魔物の攻撃用に使うのがひとつ。

 雷に耐性がある魔物は珍しいので、効果的な攻撃方法になるのだ。


 あとひとつは古代文明の遺物の動力としてだ。これは非常に珍しい用途ではあるが。


「あとは冒険者ギルドの数百年の悲願ということでしょうか……。第二層で攻略できていないのは、そのエリアだけなので」

「……ふむ、なるほどな……」


 普通の貴族なら攻略できていないエリアがあっても、気にはしないだろう。


 しかし俺には前世の記憶がある。だからクリアしていない所があると、すごく気になるのはよくわかる。

 踏破したのが埋まりきっていないと、もやっとするんだよな……。


 きっとザンザスの冒険者ギルドは何百年も、もやもやしていたんだろう。

 そう考えると、俺との提携を機にクリアしたくもなるよな。


 もちろん手紙には協力時の謝礼も書いてあった。

 麻痺治しのポーションは一括納入で、取り決めより数割高値で買い取る。

 ステラを派遣した場合は金貨二百枚が入ってくる。

 両方合わせると、感覚的には億に近い金が入ってくる計算だ。


 麻痺治しのポーションを優先して作ることになるが、その分高く買ってくれるので問題はない。

 あとは……ステラ次第か。

 彼女がやりたいなら、後押ししてやりたい。


「ステラはどうだ? そのエリア攻略にチャレンジしたいか?」

「……できれば、したいです。やはり心残りでしたから」

「それなら決まりだな。この話、受けよう。ただしステラ、条件がある。まぁ、俺が言うまでもないかもだが……」

「なんでしょうか……?」

「無理はせず、元気に帰ってくること。それが条件だ」


 ◇


 ということで、冒険者ギルドの要請を受けることになった。

 ステラの派遣準備は彼女自身に任せるとして――麻痺治しのポーションをたくさん作らないとな。


 というわけで、俺は大樹の塔のテテトカを訪ねた。

 看板設置以降、日中は土風呂希望者が途切れることはない。

 今も二十人くらいのおじさんが土風呂に望みを――深くは語らないが、望みを託していた。


 それはいいとして、俺が訪れたのは麻痺治しのポーションの原料、ヒールマンゴーの生産のためだ。


 ヒールマンゴーはそのまま、魔力があるマンゴーだ。

 見た目は美しい赤色のマンゴーそのまま。

 とっても甘くて、冷やすとけっこうおいしい。

 ……それは置いておくとして、厄介な点がひとつある。


 このヒールマンゴーは魔法で生み出そうとするとかなり魔力を使うのだ。

 状態異常を回復する実は、どうしても魔力が足りなくなるな……。


 もし必要数の五十個を俺の魔法だけで確保しようとすると、一ヶ月以上かかるだろう。

 とはいえ、ヒールマンゴーも不作なのだ。

 俺の領地以外で手に入れようとすると、十倍以上の手間がかかるらしいが。


 俺はその辺りをテテトカにかいつまんで説明した。


「……というのが今回の話なんだ。ヒールマンゴーの生産に協力して欲しい」

「もちろんですー。動けるドリアードみんなでヒールマンゴー作ります」

「ああ、そうしてくれ。あとはこれもあるから、良かったら……」


 俺は冒険者達が手に入れてきた、レインボーフィッシュの鱗を手渡した。

 きらんとテテトカの目が輝く。


「わーい! ありがたくー」

「どんな配分で使うのかは任せる。とりあえずヒールマンゴーの増産に使ってくれればオッケーだ」


 その辺りテテトカはうまく回してくれる。野菜の生産なんかも効率的にこなしてくれるからな。

 あとはそうだな……テテトカの考えや生き方は意表をついてくる。土風呂しかり、役に立つことばかりだ。

 今回もドリアード視点では何かあるかもしれない。


「これで生産は手を打ったか……。あとはテテトカ、今回の件で何か気が付いたことはあるか?」

「気が付いたことー? うーん……」

「何でもいいぞ。気にしないで思ったことを言ってみてくれ」

「それではー……ウッドは雷で麻痺するんです?」

「……ん? たぶん、しないな……」


 あ、そうだ……。ツリーマンは状態異常に強い。それはもちろん、樹木だからだが。

 普通の人間とは構造が違うのだ。


「……そうだな。ウッドにはいい相手かもしれない」


 いまのウッドなら並の冒険者を超える活躍ができるはずだ。

 今の俺の魔力なら、ウッドもザンザスで行動ができるだろう。


「ふむ……ステラのゴーサインが出れば、一緒に行ってもらうのも手か」


 初めてのおつかいならぬ、初めてのダンジョン攻略。

 いずれ経験を積んでもらいたいとは思っていた。それがステラと一緒なら文句はない。


 そのあと、俺は知ったのだが……どうもステラとウッドの派遣は過剰だったらしい。

 ウッドには麻痺が全然効かなかったのだ。


 なるほど……ウッドならそういう戦いも出来るんだな。もちろん経験面はまだ発展途上だろうけど。

 ウッドの像もいつかザンザスに立つようになるだろうか。

 俺はまた新しい可能性があると確信をしたのだった。

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