エピローグ

 隠れ里から徒歩で森を抜けた後は、待機させていた馬車に乗って街道を進む。

 アイリス達の一行にはアルヴィン王子が引き連れてきた騎士達も同行しているため、結構な大所帯になっている。その数はおよそ百。

 リゼルへの使節団といっても通用する規模である。


(これだけの護衛がいれば、さすがにエリスとかいう魔族も手を出してこないでしょう)


 なにも考えていない魔物ならともかく、知恵あるものが手を出してくる数ではない。だが、だからといって、彼らに知らせなくていい理由にはならない。


 帰りの馬車の中、アイリスはアルヴィン王子とフィオナに大切な話があると伝え、クラリッサを始めとした使用人達を別の馬車へと移動させた。


「まずは――このたびの救援、ありがとう存じます。あなた方のおかげで多くの命が救われました。わたくしにとってもお二人は命の恩人です」


 アイリスが深々と頭を下げる。それが意外だったようで二人は沈黙する。

 だが一呼吸置き、アルヴィン王子が肩をすくめた。


「なにをいうかと思えば、おまえがしてくれたことへの恩返しとしてはまだまだ足りていないレベルだ。アイリス、おまえが気にするようなことではない」

「そうだよ、アイリス先生。私もアイリス先生が私の先生になってくれたこと、すごく感謝しているよ。だから、先生が困っていたら助けるのは当然だよ」

「……ありがとうございます」


 二人の気持ちがとても嬉しい。

 けれど高潔なアイリスは「だけど……」と返さずにはいられなかった。


「二人に伝えなければいけないことがあります。あの賢を襲った魔族は三人いました。そして撤退していったエリスと名乗った魔族、彼女の目的は私を連れ去ることだそうです」

「おまえが目的だと? それはどういう意味だ?」

「実は――」


 アイリスはエリスから聞いた事実。自分が魔王の魂を持つ人間であり、だからエリスが自分を攫おうとしたという話を包み隠さずに伝えた。


「アイリス先生が、魔王の生まれ変わりなの?」

「だからおまえはそのように口が悪かったんだな」

「口は関係ありません、ぶっ飛ばしますよ!?」


 反射的に返してから、アルヴィン王子をジロリと睨みつける。


「人が真面目な話をしているのに、貴方はなんなんですか?」

「俺にとってはその程度の話だということだ。おまえが魔王の生まれ変わりだろうが、聖女の生まれ変わりだろうが、おまえが口の悪い賢姫であることには代わらぬ」

「そうだよ。アイリス先生が私の先生であることには変わりないよ!」


 フィオナ王女殿下がどーんと抱きついてくる。とっさにその身体を抱きしめつつ、アイリスは二人の対応に困惑してしまう。


「二人とも分かっているのですか? わたくしが魔族に狙われている。つまり、私のいるところにはまた、魔族の襲撃があるかもしれない、ということですよ?」

「おまえは、賢姫が万人に愛されているとでも思っていたのか?」

「いえ、そんなことはありませんが……」

「賢姫を捕らえれば叡智が手に入るし、殺せばリゼルに大打撃を与えられる。魔族はもちろん、人間の中にもおまえを狙うものは多い。ゆえに、今更だ」

「それは……まぁ少しは思いましたが」


 アイリス自身はそう思っていたが、その感覚を他人が共有できるかは別問題だ。とくに、一国の王子や次期女王の意見ではないと思う――と、アイリスは自分を棚上げして呆れる。


「アイリス先生、私の先生を辞めたりしちゃダメだよ?」


 アイリスに抱きついていたフィオナ王女殿下が、不安げに顔を見上げてくる。そんな彼女の不安を拭い去るように、アイリスはフィオナ王女殿下の頭を優しく撫でつけた。


「フィオナ王女殿下がそれで良いというのなら、辞めるつもりはありません。ただ、自分が狙われていることを隠したままでいるのは誠実ではないと打ち明けただけですから」

「そういうことなら気にする必要はないよ。ねぇ、お兄様?」

「ああ、その通りだ。いままで通り、フィオナの教育係という立場を続けるがいい」

「かしこまりました」


 アイリスはもう一度、感謝を込めて頭を下げた。

 そんな訳で、アイリスはフィオナの教育係を続けることになった。

 もっとも、隠れ里と交わした交渉について、リゼル国へ赴いて相談する必要がある。ゆえに、しばらくは教育係の仕事をお休みする必要があるだろう。

 ――という話をすると、速攻でフィオナが拗ねた。


「今回もお留守番だったのに、またお留守番なんて嫌だよ。今度は付いていくからね」

「それは難しいでしょう。剣姫が隣国へ渡るなど、相当な大事になりますよ」

「賢姫のアイリス先生がレムリア国に滞在してるのに?」

「うぐ。それを言われると弱いですが……」


 例外中の例外の実例がある以上、例外だからと却下するのは難しい。困ったアイリスは、アルヴィン王子に視線で助けを求めた。


「ふむ……たしかに、フィオナをリゼルに向かわせては大事になるな。だが、魔族に狙われているおまえをリゼルに向かわせるのも大事になるのではないか?」

「それは……まあ、たしかに」


 魔族が襲撃してきた場合だ。

 使節団の前で、アイリスが魔王の魂を持つなんて暴露されれば大事だ。そうでなくとも、魔族の襲撃を受ければ、無事に撃退したとしても両国の関係悪化に繋がりかねない。

 あくまで、可能性の話ではあるが。


「ですが交渉は必要です。アルヴィン王子はどうしろとおっしゃるのですか?」

「呼びつければ良いのではないか?」

「……呼びつける。なるほど」


 事情を鑑みれば、決しておかしな話ではない。

 なにより、薬草園の一件でリゼル国から人員を呼び込むことになっている。それに便乗させて、リゼルから人を招くのは不自然とならないだろう。


「では、その辺りの事情を添えてお父様に手紙を送ることにします」

「ならば早い方がいい。次の休憩の時にでも手紙を書けば、伝令に送らせよう」

「……そうですね、お願いします」


 魔物の襲撃を警戒するのであれば、護衛の人数を割くのは危険――といいたいところだが、いまは十分すぎるほどに騎士がいる。

 伝令を出すくらいはなんら問題ないだろうと、アイリスは手紙を書く準備を始めた。


 今回のアイリスの活躍により、アルヴィン王子が暗躍し、フィオナ王女殿下を追放するという未来は消えるだろう。魔物の襲撃によって受ける被害も抑えられるはずだ。

 なにより、リゼルとレムリアの関係が悪化していない。それどころか、今回の一件が上手く纏まれば、いままで以上に良好な関係を結ぶことになる。


 後は、落ち着いて魔王の魂について対処すればいい。アイリスがそんな風に考えていると、不意に馬車が停車した。続いて、外が騒がしくなる。


「なにがあった?」


 アルヴィン王子が窓から護衛の騎士に問い掛ける。返ってきたのは、街道の前方から騎士の一隊が向かってきます、という答えだった。


 続けて届いた報告によると、その数はおよそ二百。彼らが掲げる旗はレガリアの紋章。先頭の馬に跨がるのは青い髪の少女、リリエラ。

 向かってくるのは、リリエラが率いるレガリア家の騎士団とのことだ。


「レガリアの騎士団……遅れてきた援軍でしょうか?」

「だったらよいのだがな」


 騎士団が足を止め、その隊列から馬を下りたリリエラだけが進み出てくる。アイリス達はそれに応じて馬車を降り、同じく護衛を離れて前へ出た。

 両軍が睨み合う中心で、アイリス達とリリエラが対峙する。

 そして――


「アルヴィン王子、アイリス様。ボクはレガリア公爵より、貴方達を討てと命じられました」


 魔王の魂よりも先に解決すべき問題が発生した。

 



   ◆◆◆


 お読みいただきありがとうございます。

 ひとまずはここで中断となります。しばらく時間が空きますが、三章も執筆を予定しているので、しばらくお待ちいただけると幸いです。


 これの投稿と同時に、俺が7年育てた~の一章が完結。また同時に、コイに堕ちた悪役聖女が連載中ですので、よろしければそちらもご覧ください。

 また、今作は書籍化等を予定しています。詳細を公開するのはもう少しだけ先になりますが、Twitter等で情報公開を予定しています。

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