スタジオ20 佐倉はさくら

 俺と佐倉、2人きりになった。


 その方が、話が早い。


「社長はときどき、取り乱すのよねっ!」

「ははは。きっと佐倉のことが大切で仕方ないんだろう」


「そうね。私も社長のためなら頑張ろうって気になることがあるの」

「えっ? どうして?」


 佐倉は歩き出した。コーヒーをお代わりするため。


 そして、歩きながら言った。


「どうしてだろう。私、母親を知らずに育ったから、かな……。」


 俺は、佐倉なりに母親と社長を重ねているんだなって思った。


 実の母娘だから、相通ずるところがあるんだろう。




「そんなことより、キスのこと!」


 佐倉は立ち止まり、コーヒーポットを傾けながら言った。


 俺は答えた。


「そうだね。改めて言うよ。俺は、佐倉ともさくらともキスしたい!」

「そう。じゃあ、試してみる? さくらとのキス。強烈だよ」


「えっ、いいの?」

「いいわ。でも、卒倒しても責任取らないよ!」


 どんとこいだ!


「もちのろん!」


 こうして、俺はさくらとキスをすることになった。




 俺は佐倉の正面に立った。


 佐倉と1分キスして、間をおかずにさくらとも1分キスする算段。


「その前に、いいかな」


 えつ? この期に及んで、何だろう。


 俺はコクリとうなずいた。




「興味本位ってわけじゃないから」

「えっ?」


 重い雰囲気。俺の短い相槌のあと、佐倉は続けた。


「私、山吹っても坂本くんとキスしたい」

「うん!」


 佐倉がそんな風に思っていたなんて、知らなかった。


「坂本くんと一緒にいたい」


 そのとき突然、俺には佐倉がさくらに見えた。




 いつも地味な佐倉。


 だけど今日は、何故か輝いていた。山吹さくらだった。


 俺は、佐倉のあまりの眩しさに直視できなくなって、目を逸らした。


 ふと、鏡に映った佐倉を見た。


 いつもの地味な佐倉だった。




 目の錯覚かと思い、もう一度、佐倉を直視した。


 ヤバい。ヤバ過ぎる。そこにいたのは輝くさくらだった。


 えっ? これって、俺だけにそう見えるってこと?


 他の人には、どう見えているんだろう。




 もし、俺だけに山吹って見えるなら、これはすごいヤバい。


 だって、デートが楽じゃん。


 山吹さくらが男と歩いてたらニュースになっちゃう。


 腹を切る男性ファンが殺到しそう。


 でも佐倉菜花がデートしてたって、誰も文句は言わないだろう。


 それが、山吹さくらの唯一の欠点であり、佐倉菜花の唯一の利点。




 もし俺だけに佐倉が山吹って見えるのなら……。


 こんなにすごいことはない!


 だが、もし誰にでも佐倉が山吹って見えるのなら……。


 俺は不意にさくらを抱きしめた。おっぱいが当たり、気持ちいい。


 ふと、考えた。


 もしこのまま佐倉がさくらのままだったら、俺たちの関係はどうなる?


 俺不要論が頭をもたげる。


 抱擁を解き、さくらを視界に収めた。


 やっぱりさくらだ。どうしよう。俺は、怖くなった。




 せめて、何か確かめる術はないものか。




 前言を撤回し翻るようで、不本意極まりない。


 だが、今は勇気ある撤退を選択すべき。


「やっ、辞めよう……。」


 俺は、恐怖を隠してさくらに言った。


「えっ? どうして?」

「だってほら。よくないよ、やっぱり」


「何それ。信じらんない!」


 ですよね。俺は正直に言うことに。


「だって、怖いんだ!」

「えっ、キスするのが怖い?」


「ちがわい!」

「じゃあ、卒倒するのが怖い?」


「それも違う。俺が怖いのは……。」

「こっ、怖いのは……。」


「佐倉がいなくなったらどうしようって思うと、怖い!」

「私がいなくなるって?」


「佐倉が、常時山吹っていたら、もう佐倉には会えなくなる」

「何、その妄想!」


 妄想じゃな。俺の前では既に起こっている。


「でも、可能性がないわけじゃないよ」

「大丈夫よ。信じて。私は大丈夫だから。坂本くんのそばにいるから」


 これまで、何度も信じてきた。佐倉の言葉、さくらの言葉。


 これは、信じていいのかな。




 さくらには俺とキスをするメリットが何もない。


 佐倉の場合は、メリットばかりで、ビジネス色が強い。


 俺は、佐倉と対等にキスしたい。ビジネス抜きで!


 さくらともキスしたい。相手は超絶人気アイドル。それでも対等でいたい。


 けど、思い起こしてみたら、対等のはずはない。


「佐倉は、キスが終わったあと、いつもすごい勢いで俺から離れるじゃん!」

「それは……。」


 佐倉は言葉を詰まらせた。


 やっぱり、佐倉のこと、信じない方がいいのかな。


 


 佐倉は慎重に言葉を選んで言った。


「……それは、坂本くんのためだと思ったから……。」

「えっ?」


 佐倉が言うには、山吹さくらと接触した男子は、大抵イッてしまうらしい。


 俺にも身に覚えがある。


「それじゃあ、佐倉は俺を庇って……。」

「うん。でも、何度か接触しても大丈夫だったことがあったの」


「あぁ、最初のトングのときか」

「それもその1つ……。」


 佐倉は節目がちに言った。




「着物のときもそうだった」

「あっ、あれは全然覚えてないんだ……。」


「まだ言うの? 思い出させてあげたのに!」

「そ、そうでしたそうでした。よく覚えてますよ。イッちゃったから」


「ぷっふふふ。そんなに慌てないでもいいのに!」

「うん。慌ててないよ。大丈夫だよ、うん」


 さくらを信じてみよう。何故か俺はそう思った。


======== キ リ ト リ ========


坂本くん、さくらを信じ抜くことができるのでしょうか。


この作品・登場人物・作者を応援してやんよって方は、

♡や☆、コメントやレビューをお願いします。

ロールケーキが好きな方もご遠慮召されず、是非! お願いします。


励みになります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る