ステージ11 サイコー、桜庭先輩投げ飛ばし競技①

 下々のせいで、無駄に時間を費やしてしまったわ。


 暴力的だとか、冷酷だとか、したたかだとか、あざといだとか。

 坂本くんにどういう風に思われてしまったことか。


 心配で今夜は眠れそうにない。


 そうだ! 逆手にとって今夜は寝かさないってことにしよう。

 そして少なくとも悪い印象だけは取り除かなくっちゃ。


 私はそんなことを考えていたから、初動を遅らせてしまった。


 


 校門を出る直前、私は坂本くんと一緒に柔道部員3名に拉致された。


 私は必死に、坂本くんの手だけは離さないようにした。




 連れてこられたのは柔道部の部室。

 気に入らないことに、男の汗の悪臭だけが漂っていた。


 どうせなら、もう1種類の悪臭も放つような健康優良部だったらよかったのに。


 それともこいつら、異性には興味ない系の男なのかしら。

 だったら手強いわ。


 私の右に坂本くん。そのさらに右には柔道部大将の桜庭先輩。


 桜庭先輩といえば、この学校で知らない人のいない暴れん坊。


 なるほど。手強そうだわ。




 柔道部員が私と坂本くんの前に緑色の紙を置いた。


 坂本くんには丁寧に。私にはかなり乱暴に。


 いわゆる入部届だ。仮入部ではなく、正式なやつ。


「さぁ、ここに名前、ここにハンコよ。血判でもいいわっ!」


 誰でも分かることを、部員がしたり顔で教えてくれた。




 とりあえず、処分しておきましょう。


 私はその緑色の紙を破り捨てた。入部なんかする気はないもの。


 そうしたら、坂本くんまで破いちゃった。

 坂本くん、結構大胆ね。




 しかも、ドヤ顔かましてるわ。

 かわいいからいいけど。




 それを見た桜庭先輩は、表情を少しも変えずに言った。


「まぁ、いい音。さすが坂本くんね。替を持ってきてあげて」


 坂本くんの前に、部員がまた緑色の紙を置いた。私の前には何も置かなかった。


 これで、桜庭先輩のターゲットが坂本くんだけということが浮き彫りになった。


 予想通りね。坂本くん、あんな大胆なことを言ったんだから。




「まだまだたくさんあるのよ」


 桜庭先輩は坂本くんに向けてうっすらと笑みをこぼした。


 かわいそうに、坂本くん。

 完全に狙われているじゃない。


 ってことは、私の恋敵ってこと?


 坂本くんがすがるような目で私を見てる。

 けど、この状況じゃ何もできないわ。


 隙をついて山吹るのが先決問題と判断。




 先ずは時間を稼がないと。坂本くん、上手に踊ってね。


「全部、坂本くんが撒いた種よ。自分で何とかしてちょうだい!」

「おっ、俺は何も……。」


「言ったでしょう。歓迎会で、堂々と! 桜庭ふっキスするって!」

「えーっ! それは誤解だよ! 俺は佐倉と……。」


「……じゃあ、そうやって説明すればいいじゃないの」


 成立すれば、最短ルート。


 佐倉とキスしたい。やれるもんならやってみろ。キス。山吹る。


 これで解決じゃないの。


 ところが、坂本くんったらなかなか口が固い。


 まったく。世話が焼けるわ。


「できないよ、この状況じゃ。それより、さっきみたいに山吹って解決できない?」

「知らないわっ! 人を何でも屋みたいに言わないでよっ!」


 言ったこととは裏腹に、できなくもないしするつもり。


 だけどそのためにはキスしなきゃいけないってのを忘れないでほしい。




 柔道部員の1人が、私の横から身を乗り出し、坂本くんの正面に顔を置いた。


 近いわね、この部員。今、山吹ったら即死するわよ!


「いいから! 早く名前書け、ハンコ押せ!」


 乱暴な言葉。弱い人の典型。




 そう思っていると、ふっと柔道部員の顔が消えた。

 そして、ババーンという音がした。


 柔道ってこういう競技なんだ。やってみたーいっ!


 片手で人を投げ飛ばす。豪快でいいけど、坂本くんには無理そう。




「駄目じゃない。坂本くんに手荒なことをしたら!」


 桜庭先輩が言った。部員は聞いちゃいないけど。


 だって部員は残り2人の部員に当たり、3人で伸びていたから。

 柔道ってボウリングの要素もあるのね。面白そうだわ。


 桜庭先輩、やるわね。




「そうだわっ、これ見てちょうだい! 練習メニューよっ! 理想的でしょう!」


 えっ、なになに。理想的って、これ……。


 冗談じゃないわ!




 坂本くんが必死に抵抗している。腕力では敵わないだろうけど。


「朝練、上四方固。昼練、袈裟固め。夕練、縦四方固。夜恋、ハート……。」

「おっ、おかしいでしょう。寝技ばかり。夜恋って何ですか、気持ち悪い……。」

「言うわね。夜恋はね、心のオアシス、明日への活力なの。とっても重要なのよ!」


 桜庭先輩は妙に優しく言った。まるで、夢見る乙女のように。


 気持ち悪い。けど、こういう人って、手強いのよね。


 状況によっては力尽くでねじ伏せるしかない。




「さっ、佐倉……。」


 坂本くんの上目遣い、かわいい。もっと私を見てほしい。


 桜庭先輩が私の苗字を聞いて、何か呟きはじめた。


「佐倉? 佐倉、桜庭。佐倉ばふっ……まさか……貴方、佐倉っていうの?」


 桜庭先輩が混乱しながら私を見て言った。


 私はほんの少し首を縦に振った。




「佐倉……許さない……私の坂本くん……。」


 何? その言い草。まるで、私が悪いみたい。


 許さないってのは、こっちのセリフよ!


 でも、どーやって、どーやって、どーやって……。




 よしっ、これで行ける!


「冗談じゃないわ! 決闘よっ」

「えっ?」


======== キ リ ト リ ========


ラブコメにはバトルがつきものと思うのは、作者だけでしょうか?


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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