第11話 選択

 ホテルのレストランで、スパイシーなインド料理に舌鼓を打った後、自室に戻り、今日の出来事を振り返った。進むべき道を、秘教(オカルト)の道と一度は決めた彼ではあったが、やはり理屈抜きで、魔術の世界に惹かれるのをどうしようもなかった。彼は熟考の末、イプシシマス(神人)への道を進むことにした。これは魔術世界の概念であり、秘教の道では無かった。もし、道の途中で、秘教の道を進む必要が出てくれば、その時、もう一度大師の家の門を叩こう。今まで同様、引かれたレールの上では無く、自らの意志で道を切り開くのだ。

 二日ほど、セイロンの市街を散策した後、再びクロウリーは、郊外にあるリーフス師の館を訪ねた。周囲はお茶の栽培業者がまばらに家屋を抱えるのみで、一キロほど歩けば人跡未踏の森林が広がっている様子だった。この清涼な空気の中で大師は息をしているのだった。リーフス師は、既にクロウリーの訪問を予見していた様子で、小川の傍に腰掛け、足取りを進めるクロウリーの方を悲しげに見つめていた。

「・・・答えは出たようだな、旅人よ」

「ええ。私は敷かれたレールの上でなく、独立独歩の道を歩むことにしました」

「我々と共にでは無く・・・か」リーフス師は嘆息するように呟いた。

「ええ。とりあえず今は」クロウリーは、決然とした表情で答えた。

「汝の道に幸あらんことを。戻りたければ、いつでも戻ってくるがよい。父は放蕩息子を決して見放すことは無い」リーフス師は微笑んでいた。

「私は放蕩息子ですか?・・・いいでしょう。今の私は、もっと知識と知覚の世界を求めているのです。それが幻惑に終わると思うなら、あるいは必要であれば、私はいつでもあなたたちの道へ戻ってきます」クロウリーは、納得したように言った。

リーフス師は、そんなクロウリーを悲しみを湛えた目で見つめていた。そして、少し微笑むと、家の中へ戻っていった。クロウリーは、しばらくその場に佇み、美しいセイロンの山々を眺め、深呼吸した。やはり自分は魔術の子だ、そう彼は思った。

 再びホテルに戻り、クロウリーは今後について黙考した。ルックス師の導きに従い、世界を廻ったが、その導きに反し、彼は魔術の道を選んだ。西洋魔術にはかなり精通していたが、東洋の魔術にはあまり詳しくなかった。しかし、東洋の魔術師は、西洋の者より強力であるという噂はかねてから聞いていた。典型的なアングロサクソンであるクロウリーは、このような噂は否定したいところだが、人種的にも東洋人の方が古く、従って魔術の経験も深いと言えなくもない。 クロウリーは、次なる魔術の探求として、東洋の魔術の世界に足を踏み入れることにした。東洋の神髄は、おそらく大陸の中国にあるが、あまり先進的でなく、旅行気分で行く気にはなれなかった。そこで東洋の玄関口として、クロウリーの触手を刺激したのは日本だった。日本は高度に西洋化しており、文明的なもてなしが期待できそうだ。彼は荷物を纏めると、ホテルで現金を引き出し、成田行きの便で旅立った。

≪続く≫

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