4 女の子同士のお買い物(※どっちも男です)
名残惜しそうに仕事へと出かけた輪をこっそり中指を立てて見送ると、翠はとりあえず動きやすいジーンズとロングシャツに着替えて三人の友人と共に駅に向かった。
ちなみに髪の色は翠色のままなので、やたらと道行く人から視線を向けられる。
「言っておくけど女物の服なんか買っても絶対に着ないからな」
「お小遣い無しのリスクをよく考えたうえで決めれば良いよ」
翠の隣を歩く冷二郎はハッキリ拒絶しても笑顔を崩さない。
ちなみに頼太と楓真の二人は無言で翠たちの少し後ろを歩いている。
それぞれ異なる理由で背中に視線が突き刺さっている気配を感じるのが怖いが。
ちなみにリシアは家で留守番だ。
どうやらHDの中に気になる映画があったらしい。
ウォーリア襲撃の気配があったらすぐに連絡を入れろと言っていたが、むしろ今は襲ってきて欲しいくらいである。
「あれ、駅にはこっちから行った方が速いよ?」
「いいんだよ」
ほとんど無意識だが監視カメラを避けながら歩いているためジグザグのルートになる。
わざわざ理由は説明しないのでので冷二郎たちは不思議そうに首を捻った。
駅前では冷二郎の彼女が待っていた。
高架の柱に寄り掛かって携帯端末を弄っているポニーテールの少女(?)は、こちらの姿を見つけると手を振りながら駆け寄ってくる。
「よっ、レイ」
歳は翠たちと同じか少し上くらいだろうか。
長い髪をポニーテールにまとめ、パンツスタイルがよく似合うボーイッシュな娘である。
大人びた雰囲気の中に覗く瑞々しい感じが正直かなり可愛い。
でもこいつって男なんだよな。
彼女(?)は翠をじろじろと品定めをするよう眺めながら言った。
「へえ、キミが性転換手術をした友だちのアキラくんか」
「ちょっと待って。おい冷二郎」
「ん?」
知らん顔の冷二郎に翠は怒りを堪えながら詰め寄る。
「お前、彼女にオレをどんな風に紹介したんだ?」
「いやあ、下手に嘘つくよりも正直に話した方が良いと思って」
事実じゃないだろう。
別に手術を受けたわけじゃないし、好きでこうなったわけでもないんだから。
「改めて、レイの彼女の
そんな翠の不満は気にせず直央さんは握手を求めてくる。
ともかく彼女(?)は善意で来てくれてるんだから邪険に扱うわけにもいかない。
翠は素直に手を握り返した。
こうして触れても女の人にしか思えない。
手を握ったまま直央さんは翠の目をじーっと見つめてる。
「な、なんすか?」
他人の彼女と見つめ合うのはなんとも気まずい感じである。
すると唐突に彼女の左手が伸びて翠の胸に触れた。
「ひあう!?」
叫んだ後、思わず翠は両手で口元を覆った。
な、なんだいまの変な声は、オレが出したのか?
「ああ、こりゃ本物だわ。でもブラを着けないのはどうかと思うよ」
「なにするんすか、いきなり!」
「その歳でマジで豊胸しちゃうとか信じらんなくてさ。私ですらパットで底上げしてるだけだよ。よかったら触ってみる?」
「い、いいよ!」
カーディガンの上から見える膨らみはどうやら偽物らしい。
しかし偽物とはいえ彼氏の前で他人に胸を触らせるとかどういう神経してるんだこの人は。
もしかしたら怒ってるかもと思って冷二郎を見るが、相も変わらぬ笑顔である。
「お前の彼女こんなこと言ってるけど止めろよ」
「別に翠ならいいんじゃないかな」
よくねえだろ。
っていうか頼太、お前はなんで鼻血なんか出してんだ。
オレもこの人も男だぞ。
「とりあえず今日は日常で使える服選びだよね。私がキッチリ見立てて上げるから任せなさい!」
偽りの胸を叩いて自信満々に言う直央さん。
悪い人ではなさそうだが、冷二郎に負けず劣らず変な人みたいで正直かなり疲れそうである。
※
直央さんは原宿まで行くつもりだったらしいが、予算の都合もあるのでそんなに気合いを入れないで欲しいと説得したので、結局は地元駅の量販店を巡ることになった。
駅高架下のショッピングプラザにあるレディス服&ランジェリーの店へ。
男が近寄るにはすさまじく気まずい雰囲気の店であある。
迷わず店内に入っていく直央さん。
その後ろ姿を眺めながら翠は足を踏み入れるのをためらった。
「どしたの、早く来なよ」
「くっ……」
勇気を振り絞って一歩を踏み出す。
薄情な友人たちは隣のカフェで待ってると言って逃げ出した。
ちくしょう覚えてろよ。
「とりあえず何はともあれ下着だね。中二だったらまだ着けてない子もいるかもしれないけど、そのサイズでノーブラはあり得ないから」
「や、やっぱこれ、大きいんすか?」
「かなり。ってか自分で盛ったんじゃないの?」
「誤解があるみたいだからハッキリ言っておくっすけど、オレは別に女になりたくてなったわけじゃないっすからね。今日だってこうなっちゃったから仕方なくってだけで」
「ふーん? よくわかんないけど大変そうだね」
ちっとも大変そうに思ってるように聞こえない。
細かいことは気にしないタイプなのだろうか。
まあ、下手に勘ぐられてクロスディスターのことを根掘り葉掘り聞かれるよりはマシか。
冷二郎も彼女がこういう人だとわかってて今回のことを頼んだんだろうし。
「じゃあサイズもよくわかんないよね。店員さんに測ってもらおう」
近くの店員さんに声をかけてカップを調べてもらうことになった。
試着室の中でセーターを脱ぎシャツの上からメジャーで計る。
「お客様、すごくスタイルがいいですねー。学校ではおモテになるでしょう。高校生ですか?」
「いや、中二っす……」
褒められても全然嬉しくない。
しかも初めてサイズを測ると言ったらまた驚かれた。
とりあえずくすぐったさを我慢しながらトップ、アンダー差を出してもらう。
ついでにスリーサイズを測ろうと提案されたが丁重に断り、あとはこっちで選ぶからとお礼を言って試着室を出た。
「八十六のEって言われたんすけど」
「マジか」
さすがに中身は男子中学生の翠もそれがかなりのサイズであることくらいはわかる。
同年代なら男女問わずに憧れる大きさだろうが、自分がその持ち主だと思うと気分が沈む。
「どんなのがいい? 可愛いのとか動きやすいのとか」
「なんでもいいっすよ、もう……」
「じゃあコレ着けてみて」
そう言って渡されたのはレースのついた薄緑色のブラジャーである。
髪の色に合わせたのだろうか、そういえば派手な髪の色に関しては突っ込まれないな。
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