7 紅葉の行方

 放課後、事もあろうにリシアは人間形態になって校門前で待っていた。

 頼太たち三人組と一緒に外に出た所で「待ってたよ」なんて声をかけてくる。


 しかもこれ見よがしに腕を組んでそのまま引っ張って連れていかれた。

 また誤解を受けるのは必至である。


「お前、マジでやめてくれよああいうの。女の身体を隠すだけでも大変なのに」

「ああでもしないと友だちを理由に帰る気だっただろ」


 変なところで鋭い奴である。

 確かにその通りだったので何も言えなかった。


 不満に思いつつも翠はリシアと並んで駅へと向かう。

 最短距離ではなく無意識のうちに監視カメラがある場所を避けて歩く。

 それは後で指摘されるまで自分でも気がつかなかったが。


 関戸駅までは電車で三十分弱ほど。

 多摩市北部にある特急駅だ。


 初めて降りる駅だが、商業ビルがいくつも立ち並ぶ大きな街だった。

 二人は駅前地図を眺めながらそれらしい施設を探す。


「あ、これじゃないか? 中村青年福祉園ってあるぞ」


 リシアが指さしたのは地図の範囲ギリギリにある大きな敷地の施設。

 縮尺を考えると歩いて三十分以上はかかりそうだ。


「遠いな……」


 合っているかどうかもわからないのに気軽に歩くには辛い距離である。

 だが当然ながらそんな事を気にするリシアではなかった。


「他に手がかりもないんだし、とにかく向かおうよ」

「なあ、明日あいつが学校に来るのを待つんじゃダメか?」

「善は急げって言うだろ」


 スパイの言うことじゃないだろ……

 突っ込みを入れたい気持ちを必死に我慢する翠だった。




   ※


 地図で曲線を描いている時点で気付くべきだったが、目的地はかなり長い坂の上にあった。

 脚力や持久力も軽く増幅されているため疲れはしないがダルいことに変わりはない。

 しかもリシアは隙を見て猫の姿に戻って一人でスタスタと先を行っている。

 あれなら別に一人で来りゃよかったんじゃないか?


 ようやく坂の頂上近くまでやってきた。

 そこでは何台ものものパトカーが赤色回転灯を点けて停まっている。


「な、なんだ。事件か?」


 パトカーが集まっているのは目的地である中村青年福祉園の正門前だった。

 スパイの片棒を担いでいる自覚がある翠はなんとなく反射的に身構えてしまう。


「おい、そこのお前」

「わっ!」


 厳つい声で後ろから声をかけられて翠は思わず小さく叫んでしまう。

 振り向くと警察ブシーズの制服を着た筋骨隆々の女性が立っていた。


 その風貌はまるでゴリラのようで見た目のインパクトは恐ろしく強い。

 東京の治安を守る警察ブシーズは基本的にこのように屈強な女性ばかりで構成されている。


「何者だ。ここの施設に何か用か」

「い、いや、別に。ちょっと散歩してるだけっす」

「名前は?」

「山羽翠」


 ゴリラ女は胸ポケットから手帳を取り出し何かを書き込んでからもう一度こちらを見る。


「今この辺りは厳戒態勢にある。用がないならさっさと立ち去ることだな」

「ここで何かあったんすか?」


 警察ブシーズの態度はなぜかみな決まって高圧的でイラッとくる。

 まあ危機回避能力RACが働いていないし、別に多少言い返した程度で危害を加えられることもないだろう。


「この福祉園の生徒が園長に暴行を加えて逃亡したらしい。まだ近隣に潜伏している可能性が高い」

「えっ」


 それはもしかして紅葉のことじゃないのかと思ったが、尋ねるより早くゴリラ女は施設の中の方へ行ってしまった。


 しかたなく他の人間から情報を集めることにする。

 正門近くでは園の関係者らしい青年が尋問を受けていた。


「リシア、お前行って盗み聞きしてこいよ」

「おっけー」


 部外者が堂々と聞き耳を立てたら怒られるかもしれないが、猫なら疑われずに傍に寄って情報収集できる。


 その間、翠は警察の目につかない場所で座り込んで休憩をした。

 幸いにも近くに自動販売機があったので緑茶を飲みながら待つ。


 しばらくしてリシアが戻ってきた。


「ちょっと、なに一人で休んでんのよ。アタシにも飲み物よこしなさい」

「わかったよ。ミルクでいいか?」

「コーヒーがいい。ホットの甘いやつね」

「猫舌じゃないのかよ」


 翠は自販機で注文された品を買ってきて、


「ほら、これでいいか?」

「ちょっと何やってんだよ!」


 缶からコーヒーは飲めないだろうと思って地面に垂らそうとしたら怒られた。


「ほら、行くよ」

「人間になるなら先に言えよ……」


 リシアは人間形態に戻って缶を片手に歩き出す。

 二人は坂を下って関戸駅方面へと向かう。


「やっぱり事件を起こしたのは紅葉って子で間違いないみたい。普段は大人しい子だったらしくて、園の人たちはあいつがそんなことをするなんてって驚いてた」

「大人しい奴に限ってそういうヤバい事件を起こすんだよなあ」

「普段乗ってるバイクは置いていったみたいだし、まだそう遠くには行ってないと思うって。たぶん駅の方に向かったんじゃないかってブシーズの奴が推測してた」


 ふと、翠は足を止めた。

 数歩先でリシアも足を止めて振り返る。


「どうしたの?」

「いや、別に……」


 あいまいな翠の態度を気に止めつつリシアは先を続ける。


「それとこれも警察ブシーズが言ってたけど、街中には至る所に監視カメラが仕込んであっても自由に見れる立場の人間はかなり限られているらしい」

「誰でも見られるならプライベートなんてないも同然だしな」

「治安維持部門関連でその権限があるのが……」

「ウォーリアか」


 答える翠の額にはうっすらと汗が浮かんでいる。


「なあ、実は駅の方にものすごく行きたくないんだけど」


 現在はまだ警察ブシーズだけが動いている事件。

 犯人は今も逃亡中で、行く先を割り出せる権限がウォーリアにはある。


 そして翠のRACは警察ブシーズを危険と見なさないが、ウォーリアと出会うことは回避しようとする。

 そこから導き出される答えは一つ。

 リシアはニヤッと笑った。


「じゃあ、やっぱり駅の付近に紅葉って子はいるよ」

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