2 下層
アンダーシアトル最下層は都市拡大のための掘削の最前線である。
主に掘削業に従事する労働者たちが集まる区画だ。
彼らは性質上一箇所に留まることはないため、バラック建ての粗末な居住地が多く見られる。
また、上層でまともな仕事にありつけなかった人間たちは自然と下層に流れ着き、ガラクタ拾いなどで生計を立てている者も多くいる。
警察の監視も最下層まで届くことは無いためこの区画はスラム街のような様相を呈していた。
見上げれば遙かな遠くの天蓋に人工の光。
天に吸い込まれるよう吊り下がる無数の超高層ビル群の底部が見える。
中間の建物が光をいくつにも切り分けていており、おかげでこの辺りは光源に乏しく常に薄暗い。
リシアが暮らすのはそんな最下層のさらに端。
壁面を削ってドアを備え付けただけの、隠れ家のような小さな住居である。
「たっだいまー」
元気よくドアを開けると、中から不機嫌そうな女の声が出迎えた。
「おっそい! たかが買い物にどれだけかかってんのよ!」
「そう言うなってファル。五箇所も巡ってようやくかき集めたんだからよ」
長い金髪に色白の肌、大きな瞳、高い鼻、ルージュを引かずとも赤く艶のある唇。
リシアを出迎えたのは十代前半の美しい白人女性である。
「まったく、我が妹ながら要領が悪いわね……」
「なんだそりゃ。っていうかアタシの方が姉だって言ってんだろ」
彼女の名前はファル。
外見はまったく似ていないが、こう見えてリシアの姉妹である。
ただし腹違い。
父は金持ちだが奔放な男で他にも六人の兄弟姉妹がいる。
どちらが姉か妹かで揉めているのは偶然にも別の場所で生まれた二人の誕生日が一緒だからだ。
二人はもともと街の上層の生まれで、それなりに裕福な家庭で育ったが、家を飛び出して今はこの最下層で暮らしている。
「リシア、帰ってきたのか?」
通路の奥の小部屋から男の声が聞こえた。
「あっ、はい! ただいま帰りました!」
思わず姿勢を正して返事をする。
急だったので声がうわずってしまった。
ファルがニヤニヤとからかうような目つきで見ていたが無視して奥の部屋へ向かう。
粗末な木の扉を開けると埃と油の匂いが漂ってきた。
緑色の床にいくつもの工具が散らばっており、中央にはオレンジ色の四人乗りバギーがある。
地下都市の路上では決して見られないような大きなタイヤがついたものだ。
車の下からスパナを片手に持った青年が顔を出す。
着込んだ作業着は油汚れでボロボロで綺麗な金髪も黒ずんでいる。
青年は額の汗を拭って優しげな声で微笑んだ。
「おかえり。買い物は無事に済んだかい?」
青年の名はバジラ。
顔立ちは端正だが人と会話をする時に目を細めるクセがあるので常に睨んでいるように見える。
しかし話し方はとても穏やかで、少し会話すればすぐに彼が気のいい人物とわかるだろう。
バジラもまたリシアたちと同様に上層の生まれである。
人づてに聞いた噂ではかなりの名家出身らしいが、リシアたちと同じく家を出てこんな所で旧型車両の整備なんかを行っている。
「ただいまです。あの、これ、全部で七つ仕入れてきました!」
リシアは小袋から金色に輝く金属の欠片を取り出した。
オマケしてもらった分も含めたコアピースである。
「ありがとう、これでまた開発が捗るよ。いつもリスクの高い仕事を引き受けてもらって本当に助かってる」
コアピースとはかつてEEBCと呼ばれていた電気エネルギー増幅装置の破片である。
クリスタ共和国では忌むべき負の遺産として流通、及び所持を禁止されていた。
手に入れたければリシアのように廃材広いのジャンク屋経由で闇商人から購入するしかない。
所持しているのが警察に見つかったなら最悪の場合、逮捕されることもあるだろう。
たしかに危険な役目だがリシアはいつもこの仕事を喜んで引き受けていた。
「いえいえ、こっちこそ博士の研究のお役に立てて光栄でっす」
「昼食はまだだろう? 渡した資金の余りを使ってファルと一緒に外で食べてくるといい」
「貴重な研究資金を無駄にはできないっすよ。別にお腹は減ってないですし、それよりシミュレーターを使っていいですか?」
リシアがそう言うとバジラは笑いながら肩をすくめた。
「本当に仕事熱心な助手で頭が下がるよ。好きにしなさい、けど空腹で倒れる前に止めておくんだよ」
「わっかりました。そんじゃ、失礼しまっす!」
左手で不格好な敬礼をしてリシアは整備所から出て行った。
去り際にちらりと振り向くと、図面とにらめっこしているバジラの姿が見えた。
もう少し話したいと思うけど、仕事を邪魔しちゃいけないよね。
リシアは働く青年の背中に無言のエールを送ってドアを閉めた。
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