11 焼討

 瑠那は宿を飛び出した。

 昨日の記憶を頼りに旧市街を目指して走る。

 昼間なのに人通りは皆無だったがそれを不審に思う余裕はなかった。


 しばらくすると、西の空が赤く染まっているのに気付いた。


 まだ夕暮れには早い。

 何かが激しく燃えているのだ。

 大きなものが、かなりの広範囲に渡って。


 近づけば近づくほどにその大変さがわかる。

 燃えているのは町だった。


 廃墟跡に人々が住み着いて形成された貧民街。

 旧市街の十七街区、そこはリュウと妹たちの住む廃墟がある一角である。


「そこの貴様、何をやっている!」


 走る瑠那を呼び止める声があった。

 緑の迷彩服を纏ったゴリラのような体格の女性兵士。

 カミュたちが南京から呼び寄せたというブシーズの隊員だろう。


 彼女たちは紅武凰国に所属する特殊警察である。

 ウォーリアのような常人離れした力は持っていないが、鍛え抜かれた強靭な肉体と他国の兵士を圧倒する武装を持つ兵士だ。


 ブシーズ兵士はアサルトライフルの銃口をこちらに向けながら近寄ってきた。


「戒厳令が敷かれたのを聞いていないのか。誤って射殺されたくなければすぐに室内へ批難しろ!」

「ぼくはウォーリアだ!」


 瑠那は立ち止まって左手のNDリングを見せつける。

 紅武凰国の人間ならどんな身分証明書よりも効果のあるパスである。

 ブシーズ兵士は慌てて直立不動の体勢で敬礼をした。


「しっ、失礼しました!」


 畏まるブシーズ兵士に背を向けて瑠那は走る。


 空のオレンジ色が濃くなる。

 高い建物が燃える炎が肉眼でも見えた。

 断続的に何らかの爆発音や銃声なども聞こえてくる。

 

 複数のブシーズ兵士が破壊活動をしている。

 肩で担ぐような火炎放射器を持ちあちこちの建物に火をつけている兵士。

 ダイナマイトを手に持って次から次へと建物を破壊して廻る兵士。

 蒸気飛行船が空から物資を落としている光景も見える。


 ふざけるな。

 条約違反はどっちだ。


「お前たち、今すぐ破壊活動をやめろ!」


 瑠那は大声で叫ぶ。

 ブシーズ兵士たちは一斉にこちらに注目し、動きを止めて敬礼する。


「ウォーリア殿、お疲れさまです! 如何致しましたか!?」

「何をやっているんです! なんでこんなことをするんですか!」


 悪びれもない兵士たちに腹が立つ。

 しかし瑠那の怒声は彼らに不思議そうな表情をさせただけだった。


「なぜって、こうするよう命令を受けたからですが」

「くっ……」


 わかっている。

 彼女たちは忠実に任務を遂行しているだけだ。

 それは軍人として正しい姿勢であり、個人的な感情で動いている自分の方がおかしい。


 だけど、この町には、この十七街区には普通に暮らしている市民がいるんだ。

 瑠那は淡い期待を込めて別の角度から質問をする。


「住民の避難は済んでいるのですか」

「そのような命令は聞いていません。建物から逃げ出そうとする住民は見つけ次第射殺するよう聞いています」


 冷徹な返答、一縷の望みも絶たれた。


「それで、待機命令を出された兵士たちは次に何をすれば良いのでしょうか?」

「何もしないでそこで突っ立っててください!」


 ウォーリアの権限で彼女らの行動を制限することはできる。

 だが、別の誰かから指示を受ければまた破壊活動を再開するだろう。


 稼げる時間は多くない。

 瑠那は急いで十七街区の中を駆けた。


「そこの兵士たち、攻撃を中断して待機してください! しばらくそこで何もしないで!」

「えっ? ……は、はっ!」


 途中で見かけたブシーズ隊員に命令を出しながら記憶を頼りにあの廃ビルを目指す。

 炎に包まれた町の景色は先日とはまるで違って見えた。

 絶対に探し出さなければいけない。

 リュウたちの隠れ家、冷たく汚れていても確かに三人の生活があった場所を。


 頼むから無事でいて。

 ボクが辿り着くまで隠れていて。


 必死に祈りながら瑠那は走る。

 そしてついに見つけた。


 記憶の場所に、崩れ落ちた建物を。


「あ、あ……」


 煤けたコンクリートの建物は完全に瓦礫の山と化していた。

 外から強烈な衝撃を受けて崩れたのだろう、攻撃をした兵士はすでにいない。


 場所を勘違いしていると思いたかった。

 しかし以前に見た店舗跡を示す赤い看板が彼に無情な現実を突きつける。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る