第22話 反撃開始!!

 森の中を、三人は歩く。

 目的は何かと聞かれれば、アイシェン達を探している、というわけではない。

 どこか、手頃なポイントを探していた。

 森の中をしらみ潰しに探すというのも悪くはないが、それでは時間がかかりすぎるし、この戦いの様子を見ている観客たちが飽きてしまう。

 この三人にとって、この信用戦争は一種のエンターテインメントに過ぎなかった。

 美しく勝つ。楽しく勝つ。そして、圧倒的な差をつけて勝つ。

 国の上に立つものとして、楽しませる事を忘れてはならない。

 三人のうちの一人、ランスロットはふと思い出した。

 ブリタニアの南にある大国フランク王国、そこではついこの間革命が起きて、王様が変わったばかりだということを。

 革命は嫌だなぁと思いながら歩を進める。

 やがて、信用戦争会場のど真ん中、開始早々にガヴェインが焼き払った場所で三人は落ち着いた。


「さ、あっ君。やってくれるかしら?」

「ふっふっふー、奴等に目にもの見せてやるから、ヨロシクゥッ!」


 あっ君と呼ばれた男、アグラヴェインは行動を開始する。

 どこからか取り出した鉄の鎖。

 アクセサリー等ではない、奴隷や捕虜などに着けるであろう巨大なもの。

 それの片方を地面に放り投げると、まるで蛇のように、三人の周りを規則的に這い回る。

 まるで魔方陣を書いているようだが、これで何かを呼び出すことはない。

 しかしアグラヴェインがやろうとしているのは、紛れもなくアイシェン達を倒すための手段だ。


「『トラップ・チェーン』」


 先に言うが、これは名技ではない。名技とは言えない。

 この鉄の鎖を使う上で必要な技術、通常攻撃だ。

 鉄の鎖を使って、近付く者を襲い、遠くから見る者に奇襲するトラップを仕掛ける。

 また、この鎖は一本や二本じゃない。

 大人数で攻められたときの為に、彼は何本もの鎖を所持していた。(どうやって持ち歩いてるかというと、手のひら収納の魔術を使って持ち歩いている)

 アグラヴェインの格好が他の二人に比べ軽装なのは、この多い鎖の分、少しでも軽くするためだった。


「動く物体があったら、容赦なくその鉄鎖で攻撃しても良いわよ」

「わかりま……あいよーっ!」

「……言葉遣いどうにかならないのかしら」

「こればっかりは性格だヨッ!」

「作ってるのバレバレだけどな」

「なんだとぅモルドレッド……誰か来た!」


 この会話中も着々と広げていたアグラヴェインのトラップに、何者かが近付いた反応があった。

 姿は見えない。しかしこの技は、だけで機敏に察知する。


「そこだぁ!」


 三人の前方にある一際大きな木。

 アグラヴェインの鎖がそれを破壊する。

 バキバキと音をたてて崩れる木の影から出てきたのは、二本の角を額から生やした隻眼の女性、ファフニールだった。


 ***


「三人を倒すのにはタイミングが難しすぎる。だから、これはランスロットを倒すために使おうと思う」


 数分前。アイシェン陣営最後の作戦会議でジークフリートはそのようなことを言った。


「ランスロット……あの女口調の男か」


 ファフニールは、ふむ、と一呼吸おいて考えた。「解せないな」


「何が?」

「ランスロットは確か、円卓騎士団団長の中でも最強格の人物だ。晩餐会の時、サンに向かって水を放ったのを覚えているし、戦争が始まる前にモルドレッドから要注意と言われていた」


 ジークフリートは「それで?」と促すように小刻みに頷いた。

 同時に頭を掻き、退屈だとでも言いたげだ。


「やるんだったら、は牽制として使うべきだ。いや、相手を倒すためだとしたら、ランスロットでは手に余る。もし、それに気付いていたらどうする?」

「なるほど、あんたの言うことももっとも、いや、むしろ正しいわ。でも、そこにはランスロットの持つ悪い癖が影響してる」


 一呼吸おいてジークフリートは続けた。


「二つ名を湖光ここうの騎士。とある湖が青く光輝いたとき、彼は突然現れたという。同時にそれは、孤高を意味していた」

「孤高か」


 ファフニールは訝しむように返す。


「唯一無二の強さを持つ騎士として言われているのもあるけど、もう一つ由来はある。彼は誰よりも、戦いを楽しむ癖がある。特に、こんなお祭りのような戦争なら尚更ね」

「あ、そうか。今のランスロットはめちゃくちゃ手を抜いてるから、ぱっと見て単純な罠にも引っ掛かりやすいってことか」


 とアイシェンは結論付ける。

 ジークフリートは頷いた。

 大した戦いではない中、油断をしているであろうランスロットだからこそ、罠に引っ掛かりやすい。

 この中の誰も彼と戦ったことはないが、円卓騎士団団長の中で最強という情報を持っていれば、警戒するのは当たり前のこと。

 そして、逆に言えば罠に引っ掛からなそうな二人を先に倒せるか、という点がこの作戦の大事な部分だ。

 アグラヴェインとやらの性格は、このメンバーは知らない。しかし、モルドレッドは確実に殺しに来るだろう。

 ランベス村とシティ・オブ・ロンドンでアイシェン達の戦いを一番近くで見たのは、他でもない彼女なのだから。


「という訳で、まずは三人のうち、アグラヴェインとモルドレッドの分断。そして二人を倒すか追い込んだところで、何らかの合図を出す。最後に、私がを使う。理解した?」


 全員、いいえとは言わなかった。

 静かに、ただ静かに頷いた。

 そしてもう一つ、この作戦の重要なのはここから。誰が誰を担当するか、だ。


「まず作戦内容から考えて、私はランスロットの所にいなくちゃいけない。バルムンクだけじゃ流石に勝てないからあと一人欲しい……けどそれは、アイシェンくんにお願いしたいの」

「俺に?少し不相応じゃないか?俺よりサン先生かファフニールの方が……」

「そうね、それもそうだわ。でもごめん、私はまだあの覚醒を信頼できない。アイシェンくんが嫌いな訳じゃないの。ただ、もし暴走したら、と考えるとゾッとしない。だからせめて、サンちゃん以外で、暴走したあなたを止められそうな人にぶつけたい。だから……お願い」


 ――よほど信頼されていないんだろうな。

 仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。

 だがアイシェンは悲しくもなかった。

 信頼は、これから得ていけば良いから。


「わかった。でもジーク。ランスロットは絶対に倒すよ」

「……そこは信じてる。さて、と」


 作戦を始めよう。

 これ以上ない、シンプルな開戦の合図だった。


 ***


 三人は警戒する。目の前に堂々と立つ邪竜は、決して侮ってはならない。

 見たところ、彼女の右手には先端しか殺傷能力のなさそうな魔剣フロッティが握られている。そして左手で煙管を吹かし、この場の誰よりも落ち着いている。

 怖ろしいのは彼女の目だ。穏やかだ。今さっき、彼女の近くにあった木が破壊されたというのに、包帯で隠れて見えないはずの右目もが穏やかに煙管のケムリを見送っていた。

 傍から見れば隙だらけだ。だが、その隙を帳消しにしてしまうほどの闘気を彼女は秘めていた。

 ファフニールは周囲の地面で罠を展開させる鉄鎖を見る。


「なるほど、鉄の鎖を地面に這わせ、自分と仲間以外の気配を察知次第に攻撃を開始する。その攻撃力は常人ほどの太さもあるこの木を壊したところから、それなりに高いとは想像できる」


 ひんやりと冷たい風が冷や汗を撫でる。


「だがまだまだ荒削りだ。木が邪魔をして我に直接ダメージを与えられなかったのがその証拠。モルドレッドの剣のような名具でもないのにここまで操れるところは素直にすごいと思うが、名技とは呼べない。誰でもできてしまう技術だ」


 その言葉に、アグラヴェインはムッとする。

 たしかに彼の鉄鎖に特別な能力はない。こうやって自由に動かしたり伸ばしたりしているのも、アグラヴェインの魔力操作の賜物だ。

 本人もこれを名技とは思っておらず、の状況を作るための布石だ。

 だが、誰でも使えるというのは少々腹が立つ。


「アグラヴェインだったな。確か貴様は不意打ちやだまし討ち等の何でもありの状況で真価を発揮できるんだったな」

「……あ、ジークフリートの情報か」

「そのことを聞いた時、親近感が湧いた。何というか、その――」


 煙管の吸い殻を捨て、懐にしまう。


「――って部分が!」


 ファフニールは駆け出した。

 彼女の様子を見ていたアグラヴェイン、モルドレッド、ランスロットのうち、誰も彼女がスタートダッシュを決めた瞬間が見えなかった。

 普通、陸上とは加速するもの。しかし彼女は、初速から最高速度レベルだった。

 三人のところまでは、数秒もかからない。


「来させるかぁ!!」


 アグラヴェインは罠を発動させ、大量の鎖がファフニールに襲いかかる。

 それに便乗してモルドレッドとランスロットもそれぞれ、雷と水をファフニールにぶつける。

 しかし、その攻撃の全てが彼女には当たらなかった。


「何でもあり……この攻撃で全部見切るって何でもありすぎるでしょ!?なら二人にあの竜の動きを制限させるように――」


 一瞬だった。ほんの一瞬の間にアグラヴェインは二人の騎士に指示を送った。しかしそれよりも更に一瞬の間にファフニールは距離を詰めた。

 この場にいるのは百戦錬磨の騎士であり、ブリタニア国内でも指折りの実力者であるのは間違いない。それでもなお、この三人の目に映ったのは彼女の髪と服の色である青黒い残像だった。


「場所を、少し変えさせてもらうぞ」

「な、何ィッ!?」


 ファフニールはフロッティをアグラヴェインの腰に巻き付け、空へと飛び上がる。

 すかさず後を追おうとモルドレッドも飛び上がるが、それは新たに現れた第三者によって阻止された。


「こんにちはモルドレッドさん、唐突で申し訳ありませんが裏切り者なので死ね」

「ブラ……ぐゥッ!!」


 森の中から瞬間移動でもしたかの如く現れたサンの一蹴りによって、モルドレッドは森の奥にまで吹き飛ばされた。バキベキと木を折り道を作りながら飛ばされるモルドレッドの後を、サンは追う。その刹那、チラリと円卓最強の男を見た。

 これから彼女の唯一の弟子は彼と戦う。実力の差は、戦う前からわかりきっているだろう。しかし、それでもサンは信じる。

 口角をほんのりと上げ、サンはモルドレッドの追跡を再開した。


「あらぁ」


 残された男、ランスロットは、水色の髪をかき上げながら、困ったように呟く。その実は大して困っていないはずだが。

 飛ばされた二人を追おうかとも考えた。しかし、それではつまらない。

 おそらく自分のところには、残ったもう一人の選手であるアイシェンが来るはずだ。そこで一体どのような戦いをさせてくれるのか。

 勝利よりも楽しむことを目的とするランスロットは、頭の中でその事ばかり考える。そうなると、勝率を上げるための行動を優先しないのは必然だった。


「そこからね」


 ファフニールとサンがそれぞれ現れたところとはまた別の方向。

 そこから撃ち込まれる三発の銃弾を、ランスロットは手に持つ剣で弾いた。

 その後の間髪入れず、ダダァンとアイシェンの魔力銃が響く。


「リロードの必要も暴発の心配もない銃……敵に回ると厄介なのよね、とっ!!」


 その場から一歩も動かず、ランスロットは再び弾いた。


「さぁ、出てきなさいアイシェンこの野郎。正々堂々と決着つけようじゃないの」


 森の中から銃口を向けながら、アイシェンはゆっくりと身体を出す。

 その様子を見ていたランスロットからは、アイシェンが牙を研ぎ澄ました犬のように思えた。

 強者に対して挑戦を続け、その影のように黒い目でジッと獲物を狙い続ける。

 対してアイシェンは、こう思っていた。

 ――今の不意打ち、なんで反応できたんだよ、と。

 決して気付かれることを前提に撃った弾じゃない。

 アイシェンはジッとランスロットを見定める。

 肩より少し下まで伸びた髪、自分よりも筋肉質な体格、片手で持つには少々難しいであろう剣。

 しかしそれよりもアイシェンを困惑させたのは。

 ランスロットはせいぜい、アイシェンより5センチ程度高いだけだと思われる。

 にも関わらず。

 

 大した身長差はないはずの相手を、アイシェンは見上げた。

 どちらがしたのかもわからない、ゴクリと生唾を飲み込む音が響くと、対峙する二人はニヤリと笑った。

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