第1289話 今際の際に浮かんだ言葉
「う……、ん?」
ヒサトは森の中でゆっくりと目を覚ます。
そして彼は身体を起こしながら、ぼやっとした視界の中で周囲を見まわし始める。
「俺は何故こんな森で寝ていたんだ? 確か『ケイノト』の門前で町の護衛を行っていて、そこでヒュウガ一派が襲ってき……て!?」
どうやら寝ている間に起きていた時の出来事を整理していたであろう『脳の整理』による一時的な思考麻痺が生じていたようだが、目を覚ましたことや彼自身が独り言ちたことによる覚醒運動の影響が生じて、脳内の交通整理を完了させることを早められたのだろう。
ヒサトは何が起きてここに居たのかを完全に把握し直すことが出来たようで、慌ててその場で立ち上がるのだった。
「そ、そうだ……! 俺はあの天狗に襲い掛かった後に返り討ちにあって……! ち、チジクやそれにキョウカ組長は何処に!?」
意識を失う前にキョウカと大天狗が戦っていた時、ヒサトはその戦闘の最中に背後から大天狗の隙を生み出そうと襲い掛かったが返り討ちにあってしまい、その戦闘の結果がどうなったのかさえ分かっていなかった。
もし勝負がついていたとするならば、キョウカ組長が自分を寝かせたままでこの場を去ったとは思えない。つまりそれならば、まだ戦闘は続いている可能性が濃厚であり、ヒサトは直ぐにキョウカと大天狗を探すために、現在居る森の中を走り始めるのであった。
そして彼が走る森の中に突然、暴風が吹き荒れ始める。
「こ、この突然の突風は、まさか……!!」
ケイノトの門前やこの森の中でもすでにヒサトは、この突然に吹き荒れる『風』を放つ存在からその身に『風』を直接受けた経験があるために、まだ戦闘が継続していて戦っている相手が『王連』なのだということを理解してそのまま彼は、ここより少し遠くの方から吹き荒れている『風』の発生源を目指して再び走り始めるのだった。
…………
大天狗の『王連』の神通力によって、全く動く事が出来なくなったキョウカ。
さらにそんな彼女の前では、フワフワと大木が浮いていたが、やがてその木々がまるで自分達の意思が宿っているかのように、キョウカの方へと向き始めた。
すでに大天狗の『王連』と妖魔召士の『ジンゼン』の両名はこの場から去った後であるが、大天狗の『力』の影響は続いているようで、その木々は全く止まる素振りは見受けられなかった。
やがてキョウカはこのあとに何が起きるのか、それを理解して何とかして身体を動かそうとするが全く体は動かない。
(ど、どうすれば……!!)
現在起きていることや、この後に起きる事――。その全てを理解しているというのに、取れる手立てがなくこの場から離れることも動く事もかなわない。
そんな状況下にあるキョウカは一体どれだけ精神的な苦痛を受けているのだろうか――。
明確な死というモノを想像通りに感受する瞬間というモノは、生き物である以上はまず恐怖を覚えるだろう。すでに思考が正常ではないという『受動的思考欠落』状況であれば、精神が崩壊する瞬間を自覚する可能性は極めて低くなるが、残念ながら今のキョウカの精神は正常である為に、死ぬ瞬間というモノをこのあとに強制的に理解させられてしまうだろう。
その死ぬ間際の苦痛から逃れることが出来ない彼女は、一心にその絶望的状況を受けている。
視線を逸らす事が出来ず、徐々に木の根元の鋭利で尖った部分がこちらに向いてくるのを視界情報から、脳へと正確に知覚を行っている。
最初に何処から突き刺さるのだろうか――。
顔であれば最初は『目』や『鼻』から痛みが伝わるのだろうか、胴体部分であるならば、最初に『心臓』を貫かれることにでもなれば、痛覚は一瞬ですんでくれるのだろうか? それとも『死』というモノが明確に訪れる瞬間まで、心臓がたとえ止まっても数秒は痛みや苦痛は続くのだろうか。
どうせ死ぬのならば、苦痛をあまり感じないで欲しい――。
キョウカはこの状況を生み出した妖魔もそして、その妖魔を使役したであろう妖魔召士の姿も無くなってしまい、恨み言を伝える相手も居らず、またそれを伝える言葉も口から出せない。
自分の周りには大事な彼女の隊士の姿も無く、孤独に静かな森の中で誰にも気づかれることなく、自分は訪れるであろう激痛にたった一人で耐えて、泣く事も断末魔もあげることも出来ずに寂しくこの世を去る事になるのだろう。
(ああ、なんて私は弱いんだろう。誰よりも強くなりたくて、いっぱい強い人達から『強さ』を学んできたのに、結局わたしは弱いままだ……。怖いという感情は子供のときよりは抱いてはいないけれど、それでもまだ僅かながらに残っている。こんな情けない私が組長でごめんね、みんな……)
声を出せていたら彼女は泣いていただろう。片方しかない目から大粒の涙を流していただろう――。
――しかし今の彼女は声をあげることも表情を変える事も涙を流すこともできず、誰にも看取られることなく、たった独り、孤独にこの世を去ってしまうのだ。
(まだみんなと笑って、日々を生きていたかったなぁ――)
――それがキョウカの今際の際に頭に浮かんだ言葉だった。
そして次の瞬間――。
それまでゆっくりだった木々は勢いよく動き始めた。そして木々の尖った根本の部分でキョウカの身体を串刺しにするべく向かっていくのだった。
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