第1288話 大天狗の神通力
王連はこの場から離脱を図る為に、まず既にこちらに向かってきている三日月型の衝撃波を目測で回避を果たした後に、開放した魔力を使って自分の周囲に『風』を巻き起こし始める。
「お、おい王連! 何故我らの周囲に『風』を……!」
「人間、少し黙っておれ……。舌を噛んでも知らぬぞ」
王連は羽団扇を使って自分中心に吹き荒れる『風』を巻き起こしたかと思えば、そのまま次の瞬間には『風』を用いて自分達を地上へ向けて飛ばし始める。
「!?」
空の上からあまりの速度で移動を開始されてジンゼンはもう目も開けていられず、自分を担ぎ上げている王連に必死にくらいつくようにしがみつくのであった。
…………
空の上で『風』を伴い始めた王連達の様子を地上の木の枝の上から見ていたキョウカは、そのまま『風』の勢いを伴って一気に離脱を図ろうとするだろうと考えて、どちらの方角に向かうのかと予測を立てながら、その方向に対して先に衝撃波を放つ準備を行おうと構えていたところだったが、何と王連は彼女が一番考えていなかった方向を選び突き進んできたのであった。
――それは真っすぐに自分に向けての方向であった。
一瞬で大空から『風』に乗って一直線にキョウカへ向かって来る王連に、彼女は直ぐに乗っていた木の枝から地上へ飛び降りて大太刀に纏わせていた『瑠璃』を自身に纏わせ始める。
刀部位から身体全体に行き渡らせることで『魔力』の消費は更に著しいものになるが、そんな事を気にしてあの『王連』の相手は務められないと三組組長キョウカは判断したのだろう。
元々空を飛べる王連だが『風』の突風によって尋常ならざる速度維持を可能としていた。その速度は妖魔退魔師であればようやく対応が出来るであろうという程の速度であり、予備群以下の人間達では接近にすら気付けない程であっただろう。
当然このキョウカには正確に今の王連の速度に対応が出来る上に、距離と速度を把握してあとどれくらいで間合いに入って、互いの攻撃が交差する瞬間までの一連の流れまでもを頭で理解していることだろう。
(玉砕覚悟で突っ込んできたというのであれば、私の最大の奥義で迎え撃ってやる!)
キョウカは先程の衝撃波を放っていた時と同じように、抜刀の構えを取りながら一気に『魔力』を『瑠璃』で形成付与されている得の刀に更に集約し始める。
どうやらキョウカの奥義の一撃とは、あの『リディア』と同じ完全な『待ち』から繰り出される抜刀術の類なのだろう。
そして遂に王連が地上の森に辿り着く。先程までキョウカが乗っていた一番高い木近くまで接近してきていた。
「来るっ!」
全神経を張り巡らせるかの如く、恐ろしい程の集中力を発揮させながらキョウカは、大太刀を振り切る準備を始めたが――。
「えっ!?」
――そこでキョウカは驚きで素っ頓狂な声をあげるのだった。
風の後押しのままに『王連』そのものがこちらに向かって突っ込んでくるのを見ていたキョウカは、このまま真っすぐに彼女の間合いまで入って来るものだと考えていたが、森付近まで地上に接近した瞬間に『王連』はピタリと空中で足を止めたかと思うと、森の周囲一帯に向けて突風を放ち、まるで森の中を台風が吹き荒れていくかの如く王連の持つ羽団扇は木々を揺らしながら砂塵を巻き上げていく。
「何を狙っている?」
キョウカは王連が何をしたいのかを見極める為に『後の先』を狙っていた手を止めながらそう静かに呟く。しかし手を止めたとはいってもキョウカは、王連がいつ向かってきてもいいように『瑠璃』を得の刀に纏わせたままであった。
空から降って来た大天狗は、自分の肩に左手で乗せるようにジンゼンを担いだままキョウカを一瞥したかと思うと、口角を吊り上げて笑みを浮かべ始めるのだった。
「――」
「?」
王連が何をしようとしているのか分からないキョウカは、ひとまず『後の先』の一手を捨てて、先程より近い位置に居る的に向けて衝撃波を放とうと考えた、その矢先の出来事であった――。
キョウカが手を動かそうとした瞬間に、王連は口を開いて大声でキョウカに語り掛けてくるのだった。
「お主が次に再会する時に無事であったならば、今度こそ儂は全力で主の相手をしてやろうぞ――」
真っすぐにキョウカを見据えたまま、王連はそう言い放ったのである。
「は?」
そしてキョウカの驚いている様子に満足がいったのか、王連はそのまま羽団扇を振りかざしたかと思うと、僅かな間でも止んでいた『風』が再び巻き起こり始める。
――そしてその『風』は、これまで以上の勢いでまさに『突風』となって吹き荒れ始める。
森の上からではあるが、それでもこの距離で台風並の突風が吹いたことで、目を開けていられない程に砂塵が舞い上がり、更には周囲の木々がグラグラと揺れていたかと思えば、次の瞬間には周辺の木々がプツリと根本が折れ始める。
「――」
そこに王連がまたもや何やら言霊を呟くと、根本から折れた木々がまるで王連というブラックホールに吸い込まれていくかのように集まって行ったかと思えば、王連は集められたその木の根元の部分を『風』でプツリと切断していく。
森に根を張っていた木々の根元を切断して、自分の元へ集めるために浮き上がらせたその木々を更に今度は『風』で根本の部分を風で横一線に切断したかと思えば根本を鋭く尖らせていく。
木が王連の元に集められていく不思議な光景を目の当たりにしたキョウカは、不可解だとばかりに表情を歪めながらも握っている得の刀に力を入れ始める。
どうやらキョウカは、自身の衝撃波でいつでも対応出来るようにと考えたようだ。
「では再会が出来ることを祈っているぞ? 勇敢なる妖魔退魔師の
そう告げた後、王連は再び『力』を解放する――。
「――」
更に王連はぼそりと何かを呟いたかと思えば、そのままキョウカに背を向けて空を飛んで行こうとするのだった。
「ま、待ちなさい! このまま私が逃すとおも……っ――!?」
しかし言葉の途中でキョウカは、ようやく自分の身に異変が生じていることに気付くのだった。
――キョウカの身体がまたもや金縛りにあったかのように、動かなくなっていたのである。
(い、いつの間に!? こ、こんな面妖なことが……!!)
キョウカは胸中でそう呟きながらもいくら身体を動かそうとしても動けず、力を込めようとも全く身に入らない。
どうやら先程天狗が喋っていたのは、そちらにキョウカの意識を向ける事が目的であったようで、その後に呟いていたのはブラフだったようである。
――実はキョウカの動きを止めた言霊は、もっと前段階の間に完了していたのである。
王連がキョウカの動き神通力で止めた瞬間を明確にするならば、それは王連がこの森まで向かって来ていたあの瞬間の一度目の巻き上げた風――。
――あの瞬間にすでに『王連』はキョウカに気付かれる間もなく、動きを止める事に成功していたのであった。
(こ、こんなに力を入れているのに、ま、全く……、う、動かない……!)
キョウカは流石に脂汗を流しながら、必死に身体を動かそうと力を込めるが、全く自分の体が動いてくれなかった。
『瑠璃』という『青』の最高峰のオーラを纏っているおかげで、耐久力は普段とは比較にもならない程に上がってはいるだろうが、迫りくる木々は単なる木ではなく『王連』の『魔力』によってまるで鋭利な力を宿した『魔』によって創成された『槍』となっている。
流石にこれだけの数の『魔力の槍』と化している木が一斉にキョウカの身を突き刺せば、ただではすまないだろう。
(う、嘘でしょう……? く、くそぉ……、動いてよ……、わ、私の身体!)
流石に『三組組長』であるキョウカであっても、これまで妖魔を相手にして考えたことがない一つの感情が芽生え始める――。
――それは『死』という生物にはどうすることもできない概念の一つであり、生物であれば誰もが一度は等しく抱くであろう抗えない感情の権化であった。
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