第1256話 死を覚悟する者達

「儂がお主ら妖魔の討伐を行う人間を恐れて、それで手出しが出来ぬから同じ『力』ある人間の元に下り恩恵を預かっているのだと、お主はそう申したのだな?」


 『王連』はそう口にしながら一歩、また一歩とヒサトの方へと歩いてくる。


「い、行け! お前達、決して振り返るな! お前達が生き残らなければこの場に残る俺達は無駄死にだ!!」


 ヒサトは大声でそう叫び、チジクもまた震えながら得の刀を力強く握って『王連』ではなく周囲の『妖魔召士』に必死に視線を送る。


 チジクも生き延びる事を考えずにいたが『王連』はもう『ヒサト』副組長が相手をすると覚悟を決めたのだ。そうであるならば自分の役目はヒサト副組長が申していた通り、組仲間の者達が『キョウカ』組長の元に無事に辿り着けるようにここで時間を稼ぐ事――。


 ――チジクもヒサトもこの場で死ぬことは理解している。


 しかし怯えや震えは間違いなくあるが、この場に居る自分に絶望を抱いてはいなかった。むしろ仲間の為に命を張れる事。この役目は他の任務で命を落とす事よりも重く、価値のある意味のある死が出来るだろうという事。


 ――何より信用出来る『ヒサト』副組長と同じ場所で、同じ志を抱いたまま死ねるという誇らしい気持ちがあった。


「行け!!」


 ヒサトだけでは無くチジクも叫ぶようにそう口にすると、キョウカ組長に報告に行くように命じられた二人の隊士達は、互いに視線を向けて頷き合うと一心不乱に、全力疾走でその場から南へと駆けて行った。


「に、逃がすか!」


 突如二人の妖魔退魔師がこの場から走り去って行くのを見た妖魔召士の一人が、新たに懐から『式札』を取り出すと、その場に投げつける。


 ――ぼんっ! という音と共に一体の鳥の妖魔が出現する。


「逃げた奴らを追え! 一人もこの場から逃すな!」


 上位妖魔召士に使役した鳥の妖魔は頷くように首を動かすと、そのまま空高く飛翔しようとした――。


「『射突如月いとつきさらぎ』!」


 ――しかしその鳥の妖魔が妖魔退魔師を追いかけようと空へ舞い始めた瞬間に、更にその上空から『チジク』がいつの間にか空から落ちてきて、呼び出したばかりの『式』の脳天に刀を突き刺したのだった。


 その鳥の妖魔が即座に『式札』へと戻されたかと思うと、驚きで硬直していたその鳥を使役した『上位妖魔召士』の懐へとチジクが一瞬で入り込み、自分の体を押し付けるように全力で妖魔召士の心臓を目掛けてぶつかりながら刺突する。


「ぎ、ぁっ……――」


「ふーっ、ふーっ!!」


 チジクはそのまま全力で妖魔召士から刀を引き抜くと、息を荒げながら恐ろしい形相を浮かべて次の獲物を見定めるようにぎょろりと視線を動かした。


「うっ!」


 近くに居た他の妖魔召士達は、目の前で仲間が刺突された事に加えて、チジクという恐ろしい存在が接近してきた事に声を上げながら怯みを見せた。


 しかしチジクは他の妖魔召士を即座に狙いに行く素振りを見せず、あくまで仲間の隊士に対して追いかけるように指示を出そうとしている者が居ないかを見定めていた。残った人数で妖魔召士全員を倒す事など出来る筈が無い。


 ――なればこそ、彼の役目とは仲間を逃す時間を稼ぐ事にある。


 敵が何体、何十体、何百体と『式』を使役して仲間を追撃しようとするならば、この命が残されている時間の間だけ彼は修羅となって、その全ての『式』を殺し続けるだけに活用する――。


「こ、殺せ! 逃げた奴はもういい! こ、こいつを殺せ!!」


 近くに居た妖魔召士がそう叫ぶと、周りに居た妖魔召士達の大半が手印を結び始めるのだった。


 …………


 チジクが仲間を逃す為に動いたのを見た『ヒサト』もまた、オーラを纏いながら迫って来ている『王連』に対して戦闘態勢を取り直す。


「儂がお主ら妖魔退魔師とやらの人間を相手に恐れているかどうか、お主自身で確かめて見るがよい!」


 その言葉と同時にゆっくりと近づいていた大天狗『王連』の姿が忽然と掻き消えるのだった。


 そしてヒサトが『王連』の姿を捉えようと視線を動かした瞬間。突如としてヒサトの元に突風が吹き荒れたかと思うと、ヒサトの身体がその風に巻き上げられて空高く浮き上がって行く。


「くっ……!」


 突然の事にヒサトの頭が追い付かず、取ろうとしていた行動の全てが封じられてしまった。


 ――何より人間では空では身動きが取れない。


 頭が追いつく追いつかない以前に、足場のない空の上で風に吹き上げられてしまい、ヒサトは目も開けられない程の突風の中で目を開けようとしながら、おぼろげでもいいからとばかりに必死に王連の姿を探そうとする。


(くそっ……! こ、こんな空の上では刀を振ることも出来ない!)


 そうでなくても相手はランク『7』の妖魔であり、まともに戦える状況であっても不利だというのに、こんな足場のない空の上では碌に刀すら振る事が出来ず戦闘にすらならない。


「カッカッカ! どうした、どうした! 儂はお主らに怯えて手が出せなかったのでは無かったか?」


 背後から突然『王連』の声が聞こえて来たかと思うと、次の瞬間には背後から再び突風の衝撃が身体に伝わったかと思うと、その方向から地面へ向けられてとばされていく。


 どかんっ!という音と共に地面にぶつけられる衝撃が『ヒサト』の身体を襲った。


「かっ……はっ!」


 地面に叩きつけられて数秒程息が出来なくなったかと思うと、更に空から『王連』がヒサトの鳩尾に膝を落として来た。


 そして何度も何度も妖魔の腕力で顔を殴りつけられてしまい、鼻は折られて歯がぼろぼろと血と共に口から吐き出されていく。


 ――みるみる内にヒサトの顔が歪んでいくのであった。


「くぅ……っ!」


 何とかそれでも息が整ってきたヒサトは、右手に握る刀に力を入れて馬乗りになって殴りつけてきている『王連』に向けて刀を下から突き刺そうとするが、手を振り上げた瞬間にはもうその場から居なくなってしまっていた。


「カッカッカ! 口ほどにもないな人間! その程度でえらく大層な口を利いたものよ!」


 王連の言葉が聞こえて来たかと思うと、再び突風が巻き起こる風の音が周囲に響き始めて、もうフラフラの状態となってしまっているヒサトの身体がまたもや身動きの取れない空の上へと押し上げられてしまうのだった。


(きょ、キョウカ組長! あ、後を、た……っ、頼みっ……――)


 ――そこで彼の意識は断たれてしまうのだった。


 ……

 ……

 ……

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