第1251話 覚悟を決めた目

「はぁっ、はぁっ……! の、残っているのはお前達だけか?」


 ヒサトは肩に背負っていた隊士を駆け寄って来た男に預けながらそう告げた。


「は、はい……! ヒサト様がその化け物に呑み込まれた後、隊列を崩してしまい奴らの『捉術』の餌食に……!」


 ヒサトと話す隊士は痙攣を起こして倒れている『野槌のづち』を見ながらそう告げる。どうやらヒサトに体内から腹を掻っ捌かれた『野槌』はまだ生きているようで『式札』に戻る事も無くぷるぷると震えながら横たわっている状態であった。


 ヒサトも足元に転がっている『野槌』に視線を向けているが、考えている事は野槌の事では無かった。


(まさか『妖魔召士』がここまで面倒な連中だとは思わなかった。これは禁術がどうとかという話ではないな。我々だけが身一つで妖魔と戦えると思っていたが、妖魔召士に関しても『式』で妖魔同士で戦わせるだけではなく、彼らの魔力も油断ならないという事が今回の戦いでよく分かった……)


 部下達が犠牲になっている以上、妖魔召士という存在の事を詳しく理解出来たことに喜ぶような真似はしないが、それでもヒサトは『妖魔召士』に対しての警戒心を一段階上げて物事を考えられるようになったようだ。


 野槌から視線を部下に戻すとヒサトは口を開いた。


「もうここは俺に任せてお前達は直ぐに南の森へと向かえ。この事を直ぐにキョウカ組長に伝えてくるんだ!」


「「えっ!?」」


 ヒサトの近くに駆け寄って来た残された『三組』の隊士達は一様に驚いた顔を並べる。


「ひ、ヒサト様は……?」


「俺の事は気にしなくていい。コイツを助けに向かっただけで俺自身はまだ体力もそこまで使っていない。何とかお前達がキョウカ組長の元へ行くまでの間の時間を稼いでやれるだろう……。今大事な事は直接ヒュウガ一派と戦った俺達が『ヒュウガ一派』は『妖魔退魔師』の幹部達といえども、一組分隊程度でどうにかなる相手では無く、妖魔召士組織全体を相手にするのと同様の覚悟が要るのだと、キョウカ組長や妖魔退魔師本部に伝えてヒュウガ一派の危険性とその狙いを伝える事にある。分かるな?」


「は、はい……!」


 ヒサトの言葉に『三組』の組員達はやられた仲間を思い出して悔しそうに表情を変えながらも、理解しているとばかりに副組長ヒサトに頷いて見せるのだった。


「しかし副組長だけを残して行くわけにもいかないでしょう。俺も残りますよ」


 戦闘が始まる前に『ヒサト』と会話を行っていた最後尾に居た『三組』幹部の組員の一人『チジク』がそう言った。


「そ、それなら俺も……」


「お、俺も……!」


 チジクが残ると言った後に他の者達も残ると言い始めるのだった。


「馬鹿か。伝えに行く人数が減れば減る程、伝えられる可能性が減るんだぞ? この場で残る者は仲間が組長達に報告を伝えてもらう事を希望に残るんだ。伝えに行く方も重要な役割なんだ、頼むからお前達が行ってくれ!」


 『三組』でキョウカとヒサトを除けば古参の組員に入る『チジク』にそう言われてしまえば、他の組員達も返す言葉が無かった。


 報告に向かえと告げられた数人の組員達は互いの顔を見ていたが、腹が決まったようで首を縦に振って頷き合った。


「分かりました。直ぐにキョウカ組長を連れて戻ってきますから、ヒサト副組長もチジクさんも無事でいて下さいね!」


「ああ、当たり前だ! お前達も気を付けろよ? 道中で待機している他の妖魔召士達も居るかもしれないからな」


「はい! 数人程度の妖魔召士なら俺達が負ける筈がありません!」


 その言葉は決して敵を侮って告げた言葉では無く、行動力を高める為に用いられた景気付けの為の言葉であった。


 ヒサトはチジク達のやり取りを見て微笑んでいたが、直ぐに口を挟んだ。


「いいかチジク、こいつらの退路を切り開く事を優先するんだ。俺が妖魔召士達を引き付けるから、お前は『幽鬼』や他の妖魔の『式』連中を相手にしろ」


「分かりました、ヒサト副組長!」


 短いやり取りで今後の行動指針を整えた妖魔退魔師の隊士達は、全員が覚悟を決めた目で頷き合うのであった――。


 ……

 ……

 ……

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