第1207話 身代わりとなった者達

 ミヤジとトウジは最初にイツキやユウゲではなく、この退魔組を預かる頭領である『サテツ』が出てきた事で面倒な事になったと思っていたが、少し遅れて奥の部屋から見知った男が出て来た事で嬉しそうな表情を浮かべるのであった。


「……


「あ? 何だイツキ、てめぇがこいつらを呼んだのか?」


 細い目のイツキにしては少し見開きながら、ミヤジ達と蕎麦を交互に見て何かを察したようで、直ぐにイツキはサテツに言葉を返すのであった。


「今日はまだお昼を食べていなかったでしょう? わざわざ仕事が立て込んでいる時に食べに行く事を考えるなら、今流行りの出前を試してみようと思って私が呼んだのですよ。驚かせてしまってすみません」


「ちっ……! それならそうと最初から伝えておけや。鹿が殴りこみに来たのかと思ったじゃねぇか!」


 そう言ってサテツはイツキの頭を決して軽くはない力で叩いた後に、再び奥の部屋へと戻って行くのであった。


「いてて……」


 とばっちりを受けたイツキだが、申し訳なさそうにしているミヤジの前に近づくと笑みを向けた。


「無理を言って運んでもらってすまなかった、これ代金ね」


 そう言って懐から金子の入った巾着を取り出すと、ミヤジの手に直接渡す為に更に一歩近づき、顔をミヤジに寄せた。


「……夕方頃、裏路地に来い。そこでお前達の話を聞こう」


 ミヤジに金子を手渡すと同時、ぼそりとそう呟くイツキであった。


「は、はい……!」


 小声でミヤジも返事をするとイツキは軽く頷き、その後一度だけトウジの方に視線を向けてニコリと笑いかけると、トウジは軽く会釈をする。が久々に顔を合わせる事となった瞬間であった。


 やがてイツキの方から視線を切ると、蕎麦を机の上に並べながらミヤジ達にお礼の言葉を継げるのであった。 


「ま、毎度あり!」


 ミヤジとトウジは互いに目を合わせた後、荷物の無くなった天秤棒を担ぎ上げながら『退魔組』を後にするのであった。


 退魔組を出た後に二人はちらりと裏路地の方を見る。やはりまだ監視を続けているようでそこには妖魔退魔師であろう男達が変わらずにその場に数人立っているのが見える。ミヤジ達は空になった天秤棒を担ぎながら見張りの方を一瞥した後、直ぐに視線を前に戻して食事処へと赴くのだった。


 …………


「よし……! 返す物も返した事だし、後はイツキ様にあの『妖魔召士』達の事を伝えるだけだ」


 食事処の店主達に商品の道具を返して再び表通りに出た二人は『退魔組』のイツキと会う約束を取り付けられた事で、ようやく肩の荷が下りたような感覚を得ているのだった。


「それなんだがミヤジ、イツキ様に伝えに行くのはお前に頼んでもいいか? 俺はこのままヒュウガ殿の所へ向かい、事が上手く運んだ事を伝えに戻ろうと思う」


「まぁそりゃあいいですけど、いいんですか? 折角久しぶりにイツキ様と話せる機会が設けられたのに……」


 イツキは『煌鴟梟こうしきょう』の二代目をトウジに譲った後に、妖魔召士組織の『退魔組』の所属となった。当然退魔組は『妖魔召士』の下部組織にあたる為に、犯罪を行う事も商売の一つとして行っている『煌鴟梟』のボスとなった以上、これまで表立ってはイツキと会う事が出来なかった。


 当然連絡は細かにとってはいたようだが、それでも直接伝えに来るのはイツキ本人というわけもなく、前回のように『ユウゲ』のような代役を通して行われる為、今回トウジがイツキに会えたのは相当に久方ぶりの事だったのである。


 今後は組織の人間としてではなく、個人としてイツキに従おうと考えているミヤジとは違い、今後はヒュウガ達と行動を共にビジネスをするという事で、再びミヤジとは違う道へと進むことを考えているトウジにとっては、今回の機会にゆっくりとこれまでの積もる話をするいい機会の筈だとミヤジは考えてそう口にしたのであった。


「……気持ちを汲んでもらってすまないな。やっぱりお前は優秀な人間だ。人の細かな機微を読める人間は商人としても成功をするだろう。だが、俺はもういいんだ……。さっき退魔組の屯所でイツキ様とは目で会話を交わしたからな。実は俺もあの時に踏ん切りがついたんだ」


 そう話すトウジの心境の全てを読み取れはしなかったが、ミヤジは彼には彼なりの思いがあるのだろうと考えて、それ以上は無理に会わせようという気は起きなかった。


「まぁ、それなら仕方ないっすね。じゃあ代わりに俺が煌鴟梟の事やら、これまでの事を伝えておきます。あんたのミスで煌鴟梟が潰れちまったって、しっかり言っておきますから、精々気に病んでください」


 にやりと笑いながら冗談交じりに告げるミヤジに、トウジは苦笑いを浮かべた。


「すまないな。いずれこの借りは返すつもりだ。俺はあのヒュウガって男達に今後の人生を賭けようと思っている。腐っても『妖魔召士』の人を導く立場に居た人間と仕事をする機会が得られたんだ。踏み出す一歩にしては悪くないだろう?」


 トウジの言葉を聞いたミヤジだが、彼はトウジ程にあのヒュウガとかいう男たちのあらたな組織とやらには希望を見出す事が出来なかった。


 ミヤジもトウジ程ではないにしろ、煌鴟梟の幹部まで上り詰めた人間である。ある程度『人生』という事については同じ年代の者達よりは経験してきている。そんな彼なりに『妖魔召士』組織を割ったあの男とビジネスをする事は、あまりいい結果を生まないのではないかと、それこそ分が悪い賭けのように感じられたのである。


 しかし多くの人間が無理だと感じる事こそが、成功への一歩という考え方もある。ミヤジにとってはヒュウガと行動を共にする事への第一歩が破滅への第一歩のように感じられたとしても、今後トウジが踏み出すその一歩目が、成功者への道に繋がっているのかもしれない。


 自分の常識で物事を考えて浅はかな発言をするのは愚の骨頂だと考えて、それ以上の言葉は出さずに呑み込み明確な言葉を告げずに、別の事に対して口を開くのであった。


「あんたが借りを返すつもりがあるなら、せめて捕まっているサノスケ達を逃す協力を頼むぜ? アンタの身代わりになって死んだんじゃ、あいつらも浮かばれねぇよ」


「ああ。それも分かってるさ」


 哀願をするようなミヤジの言葉を聞いたトウジは、その表情に悲壮感を漂わせるのだった。

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