第1206話 蕎麦を運んできた男達

 この『ノックス』という世界での今の時代、ほとんどの地域や町に『妖魔退魔師ようまたいまし』組織の下部組織である『予備群よびぐん』と呼ばれる者達が護衛隊として派遣されて、警備を行うようになっている。


 それだけ妖魔の数が増えて各所に目立ち始めたからという理由もあるが、やはり一番大きな出来事と言えば『妖魔団の乱』以降、妖魔退魔師と妖魔召士ようましょうしの組織が袂を分かち、互いに対立する組織となってしまったからである。


 これまでは互いの組織が同じ『ケイノト』の町に存在していて、足並みを揃えるように協力関係を築き上げていたが、今では互いに各町の利権を争ったり、揉め事にイザコザの話題が付き纏ったりするようになってしまっていて、とてもではないが前時代までの協力体制などは考えられなくなってしまっているのである。


 この両組織が互いに相容れなくなってからは、この世界の有り様も変わってしまった。『妖魔召士』が主軸となって各地方に討伐に向かい、その『妖魔召士』の護衛をするのが『妖魔退魔師』という態勢から、最初から土地の領主と『妖魔退魔師』組織が契約を交わす事で、予備群が護衛隊として最初からその町の護衛をくまれる仕組みへと変貌を遂げたのである。


 そういう経緯もあって、この『ケイノト』の町のように『妖魔召士』のお膝元というべき町以外では、大半の町を『妖魔退魔師』に属する予備群が町の警備を行っているというわけである。


 『煌鴟梟こうしきょう』のボスと幹部であったトウジ達にとってみれば、このケイノトの町の治安維持を行っているのが『妖魔退魔師』組織ではなく、更には『妖魔召士』組織ではあるがその管理を行っているのが現場の『退魔組』であるという事が非常に都合のいい事ではあったのだが、どうやら『退魔組』を見張っているのは、予備群の護衛隊では無く、その上層の存在である『妖魔退魔師』の者達という事を察したトウジ達は、『退魔組』の屯所に入る為にこうして仕方なく『振売ふりうり』のような装いをさせられる事となったのであった。


 食事処を出たトウジ達は、そのまま表通りを『振売』のような恰好をしながら歩いて行く。


 『退魔組』がある建物の近くまで辿り着いた二人は互いに頷き合うと、意を決して『退魔組』の戸を開け放つのであった。


「お待ちどうさま! 頼まれていた蕎麦お持ちしましたー!」


 ミヤジが『退魔組』に入ると同時に外にも響き渡る程の大声でそう告げると、トウジが担いでいた天秤棒を地面に置いた後に素早い所作で戸を後ろ手に閉めるのであった。


「「な、なんだ、てめぇら!!」」


 突然わけのわからない連中が大声を出しながら入って来た事で『退魔組』の中に居た者達は、全員が驚きの声を上げながらトウジ達を怒鳴りつけるのであった。


「いやー、突然すみませんね。ちょっとのっぴきならない事情がありまして、イツキ様かユウゲ様に合わせて頂きたいのですが……」


 どうやらこの場に頭領である『サテツ』や、見知った『特別退魔士とくたいま』の連中が居ない事を確認したミヤジがそう告げる。その間にもトウジは戸の近くの小窓から、外の見張りに怪しまれていないかと外の確認をしていた。


「何だてめぇら? ここをどこだとおもってやがる」


 奥の部屋から強面の男が出て来るのを見たミヤジは、表面上では笑みを浮かべ続ける。


(イツキ様かユウゲ殿が先に出て来ると思ってたのに、お前が出て来るのかよ)


 ミヤジは出て来た強面の男である『サテツ』が奥から出てきた事で、本来は先に『イツキ』と話す予定だったのが、面倒な事になったと内心では舌打ちをするのであった。


「いや、あの……ご注文通り、こうして『蕎麦そば』を四人分お届けに……」


「蕎麦だぁ? 何で蕎麦を運んでうちに来るんだよ?」


 出前という習慣が無い『ケイノト』の町で、突然蕎麦を持った男が二人も乗り込んできた事で、サテツは怪しい者を見る目でミヤジ達を睨みつけるのであった。これはサテツで無くとも普通は怪しいと思うのが当然とも言えるだけに、ミヤジたちもどう弁解をしようかと悩む。


「い、いや……、その……」


 そして眼光鋭く睨まれたミヤジは口ごもってしまうのだった。しかしその後直ぐにサテツが出て来た部屋から救いの神というべき、ミヤジとトウジの見知った男が出て来るのであった。

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