第1200話 活力を取り戻した男

「このまま『ケイノト』に居るイツキ様に、あんたらが此処に潜伏していると伝えればいいんだろ?」


 これまで口を一切開かずに置物のように立っていた『トウジ』が、突然話し掛けてきた事でヒュウガは、その変化に少しばかり驚きながらミヤジから視線をトウジの方へ移した。


「ええ、そうです。全くその通りですよ」


 『退魔組』という言葉しか使っていなかったヒュウガだが、急に目に生気が宿ったように感じられるトウジという人間が、明確に『イツキ』を名指しして口にした事でヒュウガは笑みを浮かべた。どうやらこちらの男も『ミヤジ』と同じように、ある程度は使える男だと『ヒュウガ』に認識させられたようであった。


「分かった、引き受けよう。それとミヤジは乗り気ではなかったようだが……、俺でも今後あんたらと仕事をさせてもらえるのか?」


 突然のトウジの言葉に今度こそ驚いた表情を浮かべたヒュウガだったが、先程までとはまた違う目でトウジという男の真意を確かめ始めるヒュウガだった。


「ええ、もちろんですよ? 予備群達の介入によって壊滅させられたとはいっても、一つの組織をこれまで仕切ってこられた御方でしょうからね。我々と仕事をしたいと仰りたいのでしたら、いくらでも相談に乗りましょう」


 にっこりと笑うヒュウガには当然色々と裏があるのだろうが、それに臆してここで手を拱いていては手に入る好機を逃してしまう。相手は普通であれば協力関係を結ぶ事も出来ない『妖魔召士』という、この世界の二大組織に属していた男なのだ。それも妖魔召士の組織の中でもかなりの地位に居た男なのだろうから、ここで関係を作っておく事に越したことは無いと考えるトウジであった。


 これまでのミヤジにとっては、今後の自分の野望の為の足掛かりであった『煌鴟梟』を目の前の『トウジ』というダメなボスの所為で潰された上に、今後は『妖魔召士』に媚を売って生き永らえようとするその性根が面白くはないと考えていたであろうが、今の彼はトウジがヒュウガとどういう関係を今後構築しようが、特に何も思う事はなかった。


 彼はもうトウジやヒュウガにそこまでの興味がなくなっており、今のミヤジにとっては『イツキ』の元に伝言をし終えた後、再び『イツキ』の元で働きたいと考えていたからである。明確な目的が出来た以上、もう煌鴟梟にもトウジにも未練はなく『勝手にすればいい』とさえ考えられるようになったようである。


「それじゃあ、もう行っていいか?」


 煌鴟梟のボスであったトウジがそう口にすると、ヒュウガはにこりと笑って『お願いします』と口にするのであった。


 何を勝手に仕切ってやがるとばかりにミヤジは小さく舌打ちを行ったが、そこで歩み始めていたトウジがピタリと足を止めて振り返りミヤジに視線を向けた。


「もう俺とお前はボスと部下という立場ではない。だが、この伝言が終わるまではこの俺に従ってもらう」


「は……? あんたの部下じゃないなら従う理由などどこにも……」


「いいから黙って言う事を聞け。俺のこれからの仕事を邪魔するなら、お前であっても容赦はしない。俺が本気になれば、この世界でお前の居場所を失くす事も可能だという事を忘れるなよ?」


「なっ……! 何を急に……!」


「分かったな? 俺が本気になれば可能だという事は、俺の身近に居たお前なら分かるよな?」


「……」


 それだけを言って再びズボンのポケットに手を入れながら『トウジ』は猫背気味に歩き始めた。 


 『ミヤジ』は突然に煌鴟梟のボスだった頃の姿に戻った『トウジ』の背中を見ながら狼狽するのであった。


(なっ……! 何なんだよいきなり! ここに来るまであんなに無気力で情けなかった奴が、いきなりこんな……)


「ま、待てよ! イツキ様に話をするのは俺だからな? い、今更偉そうにするなよな!!」


 勝手な事を口にしたと思えば、一人さっさと『ケイノト』の方へと歩いて行くトウジを慌てて追いかけるミヤジであった。


「人間を二人、こちら側の『式』の妖魔を一体、更には『キクゾウ』殿の『式』を一体、彼をあらゆる場所から見張っています」


「そうですか。分かっているとは思いますが、妖魔の見張りは『ケイノト』周辺までにしておいて下さいね。間違っても中に入らせるような事はないようにお願いしますよ? 相手は予備群では無く妖魔退魔師の組長格ですからね……」


「心得ております。ヒュウガ様……」


 去って行く元煌鴟梟の組員達の背中を見ながら、ヒュウガとジンゼンは静かに会話を交わすのであった。


 ……

 ……

 ……

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