第1192話 言葉の重要性
「どうしましたか、ゲンロク殿?」
先程ゲンロクに組織を抜けた『妖魔召士』達の名前と特徴、そして扱う『式』の種類にランクといったモノをリストアップする為に情報を提示して欲しいと告げたのだが、お茶を濁すような態度を取られたまま今まで何も返事が無い為に、ミスズは再び催促をするようにゲンロクに言葉を投げかけるのだった。
ゲンロクは妖魔召士の組織の今後か、目の前に差し迫っている『ヒュウガ』の問題か、どちらを優先するべきかで悩んでおり、中々結論を出せずに悩み続けているのであった。
「ヒュウガ一派の中で
「お、おいエイジ!」
ぺらぺらとヒュウガ一派の妖魔召士達の『式』の内情を話すエイジに、ゲンロクは驚きながら声を荒げる。
「お主の気持ちも理解出来るが大事の前の小事だ。ここで妖魔退魔師達との協力の縁を切れば、必ず後悔する事になると小生は判断するが?」
「ぐっ……!」
頭では分かっている正論を告げられてゲンロクは二の句を継げなかった。しかしそれでも一言言わなければ納得が出来なかったようで、エイジがヒュウガの『式』で分かっている事を口にしようとしていた所を横から言葉を挟むのだった。
「エイジ、これだけは言っておく。お主はワシ等を苛烈に責めるように小気味良い言葉を口にするが、だんまりを貫いておるのは後の事を考えて、組織の内情と天秤にかけておるからに他ならぬという事を忘れるなよ?」
「何が言いたい?」
「お主もイダラマやヒュウガと同じ、組織から背いて去った人間だという事だ。ワシ等が常に責任を背負いながら慎重に動いている所に責任を取る必要のない安全地帯に逃げておいて、外から一方的に正論だけを述べて勝ち誇るのは大概にしておけと言っているのだ!」
「何だと? 小生がヒュウガやイダラマと同じだと申したか! それは聞き捨てならぬぞゲンロクよ!!」
エイジは座っていたゲンロクの胸倉を掴んで無理矢理立たせながら怒鳴るのであった。
「ぐっ……、げほっ、げほっ……! 図星を突かれて暴力か! 都合が悪くなれば言い訳をして、辻褄を合わせる為に嘘を塗り固める『ヒュウガ』と、責任を取る事を恐れて口だけは達者なお主、挙句に少し責められると納得いかずに暴力に出る。所詮は同じ穴の狢ではないか!」
「誰が責任を取らぬと申した! そもそも小生が組織を抜けたのはゲンロク! お主がお師とシギン様の言葉を背き続けた挙句に、使用するなと厳守されていた禁術まで好き勝手に悪用して組織を滅茶苦茶にしたからであろうが! それを言うに事欠いて小生が責任を取るのを恐れているだと!? 誰が安全地帯に逃げているというのだ! もう一度言ってみろゲンロク!」
「そこまでにして下さい、お二人共」
「そこまでにするのだ、お主達」
ミスズとソフィが同時に同じ言葉を発すると、ゲンロクの胸倉を掴んで立ち上がったエイジと、苦しそうに首元のエイジの手を解こうとしていたゲンロクは、同時に視線をソフィ達に向けるのだった。
暴れていた二人がぴたりと止まったのを見計らい、ミスズは隣に居るソフィに横目で視線を向けながら、左手の手のひらを上に向けてソフィの方へ差し出す。どうやら『続きは貴方からどうぞ』という意味合いであろう。
発言権を譲られたソフィはミスズに軽く頷いた後、視線をエイジ達に向け直して口を開くのだった。
「お主らが喧嘩をしてどうするというのだ。今はコウゾウ殿達に手を出した『ヒュウガ』達を捕らえる事が先決であろう?」
「ソフィ殿の言う通りだ、申し訳ない」
エイジはソフィから叱責されたが、それこそが正しい事だと理解した為に直ぐに頭を切り替えて素直に謝って見せるのだった。
「ふん」
逆にゲンロクの方はまだ納得はしていないという態度を見せたが、言いたい事を伝えられた事で一先ずは引いて見せたという様子である。
「ゲンロク殿。我も指導する立場に居る者として、お主が言いたかった事の気持ちも多少は理解は出来るが、もう少しエイジ殿の気持ちも理解してやれぬだろうか?」
「何?」
「お主の本当に組織をどうにかしたいという志は立派なものではあるが、少しばかり自分本位が過ぎる。これ程までに組織を離れていたエイジ殿が、再び組織に歩み寄って口に出している事の意味を考えるのだ。本当にどうでもいいと思っている者であれば、わざわざこのように組織が不安定な状況に陥っている時に近づいて助言を行うと思うか?」
「……」
ゲンロクは確かに自分の事ばかり考えての発言であったが、自分がエイジの立場であったらと考えた時に、確かにわざわざ組織に戻って言葉を掛けようとは思えなかった為に、高まっていた気が収まり勢いは衰えて遂には顔を俯かせて無言になるのであった。
「どうにか手助けをしたいと本気で考えているからこそ、エイジ殿は戻って来てわざわざ口にしているのだ。確かにお主から見れば組織から出て責任を取らぬとも良い立場となってから、好き勝手に言いたい事を言っているように思えたのかもしれぬが、エイジ殿はお主から見て本当にそんな人間だったのだろうか? この世界に来たばかりの我より、共にこの組織に居たお主の方が余程わかってやれると思うのだがな」
「……」
同じ無言ではあったゲンロクだが、そのソフィの言葉を聞いて表情から、後悔をしている様子が見て取れた。
「最初にも言ったがお主の志自体は立派なのだ。我は前にこの里に来た時にお主の思想に感銘を受けた程であるからな。だからこそ断言出来るのだ……。後はそれをしっかりと相手に伝わるようにする努力を心掛けよ。お主は言ったつもりであっても、聞いている方はその半分も伝わってはおらぬ。お主ら人間には言葉があるだろう? 相手に伝達する手立てがあるのだから、お主の思う事を相手に分からせてやるとよいぞ? そうすればきっとお主について行こうと思える者が増える筈だ」
ソフィが言い終わる頃には、ゲンロクは何かを決心した様子で顔を挙げていた。そして直ぐにエイジの方に顔を向けた。
「すまぬなエイジ。お主の気持ちを理解出来ずに、心無い発言を申したワシを許して欲しい」
「もう良いゲンロク。組織を離れてはいても、お主と同じ『妖魔召士』のつもりだ。困った時はいくらでも力を貸すつもりで小生は此処に居る。何でも相談してくれ」
「恩に着るぞ、エイジ」
互いに思っている事をしっかりと吐き出してぶつけ合った後に、両者はしっかりと和解する事が出来たようであった。ソフィはこれでようやく彼らが足並みを揃えて目の前にある困難を乗り越える準備が整ったと判断したようで、満足そうに頷くのであった。
――そして成り行きを見守っていたミスズは、ずれ始めていた眼鏡をゆっくりとあげる。彼女のその眼鏡の中の瞳には、ソフィが映し出されているのであった。
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