第1165話 温かいお茶

「貴方は確かスオウ組長の……」


「私は二組副組長のサシャよ


 シグレは部屋に居る女性に話しかけながらも布団の中で右手を床について態勢を整える。何かあっても直ぐに行動を取れる準備を取り始めたのであった。


「そんな風に警戒をしないでちょうだい。別に私は同じ組織の仲間相手に何もする気はないわ」


 布団の中でこっそりと飛び出しやすい態勢を作っていたシグレは、見えない筈の手の動きを正確に捉えるように視線を動かしたサシャ副組長の言葉に、どきりとして背筋を伸ばすのだった。


(そうだ。ここに居る方々は、私なんかの常識が通じない『妖魔退魔師ようまたいまし』というだった)


 町の中で刃物を握っていた自分を無力化してあっさりと組み伏せてきたヒノエ組長と同じ、最高幹部のスオウ組長の片腕が目の前の女性なのだと、しっかりと認識を行ったシグレは無駄な抵抗は逆効果だと、引っ込めていた手を布団の上に出して抵抗の意思はない事を示して見せる。それを見たサシャは頷いて口を開いた。


「貴方がここに来てから、何処までの事を覚えているかしら? ヒノエ組長に連行されてここにきた事は覚えている?」


「私が覚えている事……」


 もう寝ぼけているわけではないが、それでも目を覚まして直ぐの今の状態では、鮮明には過去の事を思い出せず、ゆっくりと少しずつ自分が意識を失う前の出来事を思い出していく。


「えっと、私は……」


「サシャ、起きて直ぐの彼女に無理に思い出させようとするのは酷だと思うよ?」


 そしてシグレが思い出した内容を話し始めようとしたちょうどその時、サシャの後ろの扉が開いて小柄な男性が入って来るのだった。


「わひゃあっ!」


 取り澄ました表情を浮かべてシグレに質問を行っていたサシャは、背後から急にスオウが部屋に入って来て、声を掛けて来たために、驚いて両手をあげながら素っ頓狂な声をあげるのだった。


「す、スオウ組長! 他に人が居る時に部屋に入るならノックはして下さいって、いつも言っているじゃないですか!」


 無意識ではあるのだが普段から気配を殺して移動を行うスオウ組長は、同じ『妖魔退魔師ようまたいまし』であるサシャでさえ気づかない程であり、過去にも突然部屋に入って来られて心臓が飛び出る程に驚いた経験があったサシャは、その時と同じように胸を押さえながらスオウ組長に苦言を呈すのであった。


「ご、ごめんよ……。そんな怒らなくてもいいじゃないか。せっかく温かい飲み物を用意してきたのにさ」


 良かれと思ってシグレに優しい言葉を掛けたつもりが部下に怒られてしまい、おぼんに載せて飲み物を持ってきたスオウは口を尖らせて、そのままおぼんからお茶をテーブルに置いていく。


「全くサシャは酷いよねぇ……。あ、はいこれ」


「あ、ありがとうございます……」


 温かいお茶の入ったコップをシグレに手渡すと、慌ててシグレはそれを受け取るのだった。


「いつか私が胸を押さえて倒れていたら、原因はスオウ組長だと思ってね」


「は、ははは……」


 受け取ったお茶をぼんやりと眺めていたシグレにそう告げて、腰に手を当てながらスオウ組長が淹れてきてくれたお茶を呑むサシャ副組長だった。


 ふんわりとしていて綺麗な赤い髪の毛をしているサシャ副組長がお茶を呑む姿を、布団の中で見上げていたシグレは、二人のやり取りのおかげでだいぶリラックスが出来たようで、彼女も手に持つお茶をぐっと呑み干すのだった。


「……美味しい」


 ほうっと息を吐いた後にそう呟くシグレを見たスオウとサシャは、同時に互いへと視線を送り合って笑みを浮かべる。


 彼女はまだ十代半ばの女性なのである。 『予備群よびぐん』としての道を選び日々妖魔と戦う事を選んだ彼女ではあるが、彼女と同年代の一般の者達はまだ、寺小屋で勉強に勤しんでいる年頃なのである。


 そんな彼女が『妖魔召士ようましょうし』を前にしていた時、凡そそんな普通の人間とは程遠い姿をしていた。ヒノエやミスズ達は彼女自身をというよりも『予備群よびぐん』の隊士としてシグレを扱っていたが、あの場でスオウ組長やサシャは彼女を『予備群よびぐん』としてではなく、普通の一人の少女として見ていた。だからこそソフィの『魔瞳まどう』で眠らされた後にいち早く行動を起こして、休ませる為にここまで運んできたのであった。


 彼女が目を覚ますまでとても心配していた二人だったが、今こうして温かいお茶を呑んで笑みを浮かべる姿を見て、ほっとした様子で互いに頷き合うのだった。

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