第1133話 本気になった、副総長ミスズ

「どうやら人間ではないのは間違いがないようですが、人間の姿をしている妖魔というわけでもなさそうです」


「クックック、我は妖魔ではなく魔族だと言ってはいなかったかな? まぁそんな事はどうでもいいだろう。お主がどこまでついてこれるのか……」


 口を開きながらもゆっくりと静かに、ソフィは歩を前に進めていく。


「……


 そしてソフィの目がギラリと光ったかと思うと、次の瞬間にはその場から完全にソフィの姿が消え去った。


「くっ……、は、速い!」


 カァンッという音が周囲に響き渡った。ミスズがソフィの『紅』の創成具現で出来たオーラの刃を弾く音を聞いて、ようやく他の者達もソフィの居場所を発見する。


 正しくソフィの移動を目に映せた者は、ソフィの攻撃を防ぎ切ったミスズと『妖魔退魔師ようまたいまし』の幹部の中でも相当に目がいいと評判であるであった。


 次にうっすらと残像だけは追う事が出来たのがナギリであったが、ミスズが攻撃を弾く瞬間は目で捉えられなかったようでソフィの刃とミスズの刀が交わる音を聞いて、ようやく正確な居場所が割り当てられたようである。


「……クックック、どうやらこの程度であれば問題はなさそうだな。では次はどうだろうか。段階的に上げさせてもらうぞ」


 最初のソフィの一振りを弾いたミスズの返しの一撃を防ぎながら、ソフィはミスズに向けてそう告げると、その場からまたもや消え去った。


 そして先程のソフィが残した言葉通り、最初にソフィが居た場所で何やら紅く光るのが見えた。


 ――『紅』1.7。


(※魔族の使う紅は費用対効果や併用を考えた上で1.2が結論となるのだが、紅単体で出せる『紅のオーラ』の上限値は1.7である。詳細はサカダイ編『★基本研鑽演義』の回に記載)


 ひゅおっという風を切る音がミスズの耳傍で聞こえた事で、ミスズは目まぐるしく顔を動かしながら、ソフィの移動音を追っていく。上空からソフィが恐ろしい速度で迫って来るのを確実に捉えきったミスズは、前方へ突進するように移動を始めたかと思うと、思いきり両足で地を蹴って高く飛び上がる。


 そしてオーラの刃を用いて振り下ろそうと考えていたソフィより速く、下からソフィの胴体を目掛けて刀を掬い上げる。


「ぬっ……!」


 ソフィもミスズの動きは見えていた為、咄嗟に回避行動を行って下から迫って来たミスズの一撃を捻って躱す。


(この高さに空を飛べぬ人間が、一足飛びで届くか! だがこの空では、大きく空振りをした事で身動きが取れぬだろう)


 下から地を蹴って空高く舞い上がって攻撃を仕掛けてきたミスズだが、その攻撃はソフィの超反応からの回避によって避けられてしまい、思いきりソフィに背を向けてしまい、誰が見ても隙が出来ているように見える。


 当然ソフィもこの機を逃す手はなく、その隙を狙って今度は、刺突の一撃を背から突き入れようと手を伸ばす。


「ふっ!」


 しかし大きく息を吐いたかと思うと、背中に目がついているのかと思える程に、完全にソフィの位置を把握しているかの如く、伸ばしてくるソフィの手に足を巻き付けるように挟みながら、そのまま引力に逆らわずに逆さになって落ちていく。


「……」


 施設の高い天井付近から真っ逆さまに頭から落ちていくというのに、冷静にミスズは下から逆さ状態でソフィを見上げており、瞬きを一切せずにその目はソフィの目を捉えたまま動かさない。


 まるでソフィの次の行動をとるのを見るまでは、地面に激突しても構わないという覚悟が見て取れる。草鞋わらじを履いている両足をそのまま、ソフィの右手に巻き付けた状態でゆっくりとミスズは下から刀を左手に持ち替えていく。


 そして天井付近と地面のちょうど間くらいといったところで、次の行動をとらないソフィに仕方なくミスズから動こうと判断したようである。


 そしてミスズは巻きつけていた足をソフィの手から外そうとするが、そこでようやくソフィは反応を見せて、その離そうとしていた足を掴んだまま、空でピタリと浮いて見せる。


「くっ……」


 次に取ろうとしていた行動を全て封じられたミスズは、片足をソフィに摑まれたままで、宙ぶらりんと空で浮いた状態になる。そしてソフィはミスズの足を掴んだまま、左手をミスズの顔に持っていく。


「いや、この勝負に『』を使


「……!」


 ぽつりと小さく呟いたソフィの言葉を聞いたミスズは険しく眉を寄せる。そして次の瞬間、ソフィは掴んでいたミスズの足を素直に離す。支えられなくなったミスズは、そのまま地面に落下していくが、ミスズは落下しながら顎を引いて、自分の臍部分を見るように顔をあげた後に身体を丸めるように曲げたかと思うと、ちらりと横目で迫ってくる地面に目を向ける。


 落下の速度と地面の距離を正確に予測しながら、器用に猫のようにクルリと回転し、そのまましっかりと地面に足をついて着地して見せるのだった。そしてミスズに遅れて数秒後、ソフィも空から落ちてくる。


「何故先程は身動きできない私に、追撃を行わなかったのですか?」


「これも言わなかったかな? 我はと。空を飛べぬ人間の不利な点をついて、


「ふ、ふふ……」


 ソフィの言葉を聞いたミスズは、明け方の三日月のような笑顔を浮かべ始める。


「ふ……、ふふふ――」


 乾いた笑いがミスズの口から漏れ出てくる。そしてピタリと笑みを止めたかと思うと、眉をぴくっぴくと動かしながら苛立ちを必死に抑え込ませているようであった。


「次からはそのような遠慮はいりません、手加減をされるくらいなら、です。、ソフィ殿!!」


 そう言った後ミスズは、自分の掛けていた眼鏡を右手で外すと、そのままスオウの居る方へと眼鏡を投げ捨てた。


「おっ、とっとと!」


 それを見たスオウは慌てて自分の元に飛んでくる『ミスズ』の眼鏡のつるの部分を掴むのだった。


「今度は私も貴方を……」


 そう言った次の瞬間、眼鏡を掛けていないミスズの目が細められたかと思うと、彼女の纏っていた『天色』の青色が濃さを増していく。


 その青はゆっくりゆっくりと変貌を遂げていき、先の戦闘でナギリが見せたような『』のような濃い青色になるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る