第1036話 過去を想う、酒宴の場

 ソフィ達は『旅籠町』での一件が片付いた事でようやく、配下のエヴィを探す為に『サカダイ』の町へと向かうという当初の目的を再開させようと考えていたが、そこでコウゾウから『サカダイ』へ向かうのであればついでに『書簡』をサカダイの町に居る『妖魔退魔師ようまたいまし』達の元へ届けてくれと頼んできた。どうせ同じ目的地へ向かうのだからとソフィはこれを快諾するが、その旨を伝えるとコウゾウは大変喜ぶと『予備群よびぐん』の屯所内で酒盛りの場を提供してくれたのであった。


 普段は任務に厳しくお堅い『予備群よびぐん』の隊長のコウゾウが、こんな風に屯所で酒宴を開くなど言い出すことが無い為、旅籠町に派遣されてきた屯所内に居る彼の配下の予備群達は相当に驚いていたが、コウゾウの機嫌の良さを見ていて旅籠町を悩ませていた人攫いの一件である『煌鴟梟こうしきょう』の親玉を捕らえた事で、隊長もようやく肩の荷が下りたのだろうと判断して嬉しそうにしているコウゾウを見て、配下達も喜びを露にするのであった。


 ――そして、機嫌のいい男がもう一人この屯所内に居た。


「ククククッ! どうだテア? 焼いた魚は美味いもんだろう? おいおい、これはまだ身が残っているじゃねぇか。魚の食べ方が下手だなぁオイ。仕方ねぇな。俺が身をほぐしてやるよ、ちょっと皿を貸せ」


 そう言って焼き魚を食べていたテアの皿を半ば強引に奪うと、テアの為に魚をほぐし始めるヌーであった。


「――」(食べやすくしてくれるなら嬉しい)


 あまり食べない魚料理をヌーに勧められて食べていたテアは、魚の小骨に四苦八苦しながらちょっとずつ身を食べていた為、ヌーが身を取り分けてくれるというのならと奪われていく皿を大人しく見送るのだった。


「お、おいおい。こいつは本当にヌーなのかよ!?」


 ここ最近のヌーを知らないセルバスは、他人の為に世話を焼くヌーを見て、かつてのソフィと同様に驚いていた。


「クックック、お主も驚いたか。こやつらは本当に家族のように仲が良いからな」


 そう言って『ノックス』の世界の酒の香りを楽しみながら酒を呑むソフィだった。リラリオの世界では、どこで酒を呑もうとしても止められたソフィだったが、この世界ではリラリオの世界とは違って『アレルバレル』の世界と同様にソフィの身体も本来の青年の姿である為、酒を呑んでも誰も止めようとはしない。久々に呑む酒は存外に美味く、ソフィの機嫌をも良くさせていた。


「いやはや、最近は驚かされる事ばかりだ。しかしまさかこうしてアンタと顔を合わせて酒を呑むなんてな」


 『煌聖の教団こうせいきょうだん』に属していたセルバスにとって、目の前に居るソフィこそが組織の敵であり最終目標であった。


 このソフィを世界から追放する為に、決して短く無い期間を費やして多くの犠牲を出してきたのである。その相手と酒を呑んでいるというこの状況に現実味を感じられず、セルバスは不思議な感覚のままでこうして酒を酌み交わすのだった。


「我とてお主らが余計な真似をせなんだら、手を出すつもりはなかったのだぞ?」


 ソフィは大賢者と名乗っていたミラを思い出しながら、少しだけ辛そうな表情を浮かべる。

 大賢者ミラは確かに強者の部類で間違いは無かっただろう。本来であれば好敵手に恵まれないソフィにとってあれ程に珍しい能力を有し、エルシスのように他者の『発動羅列』を読み解き、更には新魔法の羅列をイジって、アレンジを加えるという才能を持つ人間のミラを気に入っていたに違いないだろう。


 しかし現実にはソフィがミラを気に入る事はなかった。何も悪い事をしていないレアや、彼の多くの仲間達を襲い、ソフィ自身を別世界へと追いやったミラは、強者を好むソフィであっても戦いの中で幸福を得る事もなく、ただ単に機械的に処理する結果となった。


 『煌聖の教団こうせいきょうだん』という大きな組織を束ねる程の力を有する総帥だったのだから、大賢者ミラもまたあんな性格でなければ、支配者ではなく統治の出来る数少ない存在になり得たかもしれないのにと、ソフィは考えるのであった。


(あやつがもし『ディアトロス』や我達と協力してくれる未来があったとしたら『アレルバレル』の世界は『魔族』と『人間』が手を取り合う良き未来になったかもしれぬのにな……)


 すでに寿命と言う概念を失くした大賢者ミラは、人間という枠組みで考えていいモノかは分からないが、それでも元々の種族は『人間』であった。


 アレルバレルの世界の『魔界』を統治する大魔王ソフィという魔族と、アレルバレルの『人間界』を統治する大賢者ミラという人間。


 互いが互いを尊重して協力する事があったならば、ソフィが考えた発展ある未来が実現していたかもしれない。


「世の中そう上手くはいかぬモノだ」


 グラスを傾けながらそう呟いたソフィは、静かにノックスの世界の酒を胃に流し込んでいった。ソフィの目が細められたのは、度数の高いノックスの世界の酒を一気に呑み干したからだろうか――。


 ――それとも……。


 ……

 ……

 ……

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