第996話 アジトの中

「い、いやお前達と合流する前に、あの男に同じように吹っ飛ばされたもんでな。ちょっと思い出して、恐怖で足が勝手に動いたみたいだな……」


 自分でも苦しい言い訳だと思いながらも下手に騒がれてソフィ達に気づかれるとまずいと判断して、人間の女にしか見えないシグレに『セルバス』は言い訳をするのであった。


「あぁ、なるほどですねぇ。確かにあの方はとっても怖そうな御方ですからねぇ」


「ああ……」


 勝手に足が動いたという苦しい言い訳をしながらも焦っている演技をシグレに見せたセルバスは、内心ではと、ほくそ笑むのだった。


「いや、ほんと参ったぜ」


 そう言って自分を掴んでいるシグレの手を引き剥がそうとしたが、離してもらえなかった為、少し強引に力を入れて無理矢理外そうとする。


「!?」


 しかし確実に外せると思える程にセルバスが力を込めてもギチギチという音だけが響くだけで、一向に外せる様子は無い。


 オーラを纏ってはいないとはいっても『代替身体だいたいしんたい』の身でさえ、最低でも戦力値が120億を下らない大魔王のセルバスが、人間の女の手を引き剥がせない事に彼は信じられずに目を丸くする。


「ふふっ。わたしはてっきり、何て思えたんですよねぇ?」


 口角を吊り上げて嗤う人間の女を見てセルバスは、ぞくりと背筋に冷たい物が走るのを感じるのであった。変わった喋り方をするトロい女と先程までセルバスは思っていたが、この女は彼がこれまで見て来た、人間の女とは同じ生物には思えなかった。


 自分と同じ『煌聖の教団こうせいきょうだん』の幹部連中や、それに準ずる大魔王領域に居る者と遜色が無いように思える程であった。


「どうやら、わたしの勘違いだったようですねぇ? でも、疑わしい真似はやめてくださいね?」


 今度は笑みを消して『シグレ』は咎めるようにセルバスに言い放つ。


「ああ……。わ、わぁったよ……!」


 セルバスが素直に返事をすると、再びシグレはにこりと笑って大人しく掴んでいたセルバスの手を離して解放して見せる。


 そしてセルバスが溜息を吐いてヌー達の様子を見ようと前を向くと、大魔王ソフィがセルバスとシグレの様子をじっと見ていた事に気づいた。


(だ、駄目だ、こ、こんな奴らが居る上に、あの化け物に不信感を抱かせちまった。もう絶対に逃げられねぇ!)


 ……

 ……

 ……


 ヌーが『煌鴟梟こうしきょう』の敷地内に入る前、当然屋敷の中でも結界に向けて放たれた爆発音や、結界に異変が起きている事は内部に居た者達も気がついていた。


 ミヤジはアジトの自室でサノスケと酒を呑みながらセルバスが戻って来るのを待っていたが、突然の爆音に声を荒げる。


「おいおいおい! 一体何事なんだよこれは!!」


「ミヤジ、窓から屋敷の外を見てみろ!」


 爆音が聞こえた直後、先に外の様子を窺っていたサノスケは、驚いた様子でミヤジを手招きしながらそう言った。ミヤジは呑んでいたグラスを置いて、言われるがままにサノスケの居る窓際に向かう。


 そして窓から中庭を見下ろすと『煌鴟梟こうしきょう』の組員達が中庭に集まっている所に、門扉もんぴを蹴り飛ばしながら、大きな男が中庭に入って来るところが見えた。


「あ、あの野郎は旅籠の町に居た……!」


「ああ。俺の宿に泊まりに来た野郎に間違いないようだぞ」


「な、何でここに居やがる? 部下の報告では旅籠にある警備隊の屯所に連行されていると言っていたぞ」


「ミヤジ! 入り口をよく見てみろ」


「なっ!? あの野郎は警備隊の隊長じゃねぇか! そ、それに捕らえられていた奴に、せ、セルバスの野郎も居やがる!」


 ミヤジもサノスケも何が起きているのか分からなかったが、この場所に旅籠の警備を務める『予備群よびぐん』の連中が来た事で、捕らえられていた男やセルバスがアジトへ案内したのだと判断したのだった。


 ――コンコン。


 そして驚いていた二人の部屋をノックする男が聞こえた。


「だ、誰だ?」


「俺です。ヒロキです!」


 窓際に居たミヤジとサノスケは、慌ててノックの主に訊ねると、スキンヘッドの男が中に声を掛けてくるのであった。


 ……

 ……

 ……

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